9月 10

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 同タイトルのはてな匿名ダイアリーを読んで。

彼女は、彼氏と別れていた。自分も新しい彼女と別れていた。
僕はいった。「旅行に行こうか?」
彼女はいった。「Hなしで友達としてね。」
1泊だけど楽しい旅行だった。本当に何も違和感のない旅行だった。(中略)

僕は何故彼女を旅行に誘ったんだろうと後悔した。
何かを得たのかもしれないが、どちらかといえば何かをまた失くしたのかもしれない。
これからも色々なものを引きずって僕は生活をしていくと思う。
色々な問題にぶつかって、色々な人と出会い、その中で何かを得て、何かをまた失うのだろう。
それでいいのかもしれない。(前リンク先)

似た経験がある。

特定されるとイヤだから、詳しい物語は書けない。
でも感想は同じだった。
「僕は何故彼女を旅行に誘ったんだろうと後悔した。
何かを得たのかもしれないが、どちらかといえば何かをまた失くしたのかもしれない。」

人間の振る舞いって、関係性に大きく規定されている。

「あの子」ならこう言うだろうな。
「あの子」ならわかってくれるだろうな。
「あの子」にならこれが届くだろうな。

まばゆい昔の記憶に胸をくすぐられて、
空想を抱きしめながら、旅に出た。

でも、あの子はもう「あの子」じゃなかった。
当たり前のことなんだけれども。

「あの子」は、自分たちが付き合っていたからこそ、「あの子」だった。
「あの子」は、元彼女の不変的な性格属性なんかじゃなかった。
自分とその人の関係性が変わってしまえば、とうぜん、
その人の自分に対する振るまいも変わるわけで。
表面上の振る舞いなんじゃなくて、
なにかもっと根本的なところで、ふたりの距離感みたいなものが。

関係性が与えてくれるもの、それを性格の問題だと勘違いしていないかい?
状況が生んだ幸せな刹那、それを変わらない人格に転写しすぎていないかい?

ふたりの関係が濃密であればあるほど、得るものは大きいし、その後失うものも大きい。
関係が燃え上がれば燃え上がるほど、残りカスの焼け焦げた姿は無惨だ。

あの旅で、
「何かを得たのかもしれないが、どちらかといえば何かをまた失くしたのかもしれない」。

いや、それは正しくないのかもしれない。

むかしの幸せすぎる記憶に擦られる痛みを抱えながら、でも、
ひとりの人間とひとりの人間が素直にシンプルに築くことができるような、
新しい関係性を、
「あの子」じゃなくて、その人と、
これから築いていこうと思う。


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