8月 04

 東京都写真美術館にて行われている世界報道写真展2007へ行ってきた。年1回、世界の現状に自分の物語(思索)を投影するよい機会。相変わらず混みすぎ。満員電車かっつーの。5日で終わるからかな。で、フィールドワーカーとして、写真を観るよりも、どの写真が一番ギャラリーを惹きつけているか、いすに腰掛けながら、つぶさに観察してみた。

 この写真の強度が一番強かった。この写真の前では、誰もがわれを忘れて、ぼうぜんと立ち止まっていた。ギャル男も、オサレっ子も、グレイヘアーな初老の男女も。Nina Bermanのこの写真。イラク戦争を浮き彫りにしたこの写真。

 イラクで爆弾テロに巻き込まれたアメリカ海軍の男性が、生死をさまよったのち、アメリカに帰還した。彼には、イラクへ向かう前からの婚約者がいた。彼女は、変わり果てた彼に、献身的な看病をつづけた。そして二人は結婚することになった。

 この写真をまえにして、自分も、はじめは言葉が出てこなかった。この写真が人々を惹きつけた理由はよくわかる。

1.結婚記念写真、という誰もが経験する(あるいは憧れる)、日常のありふれた幸福の文脈がベースになっている。
2.その中に、ふつうは絶賛・賞賛される、美しい女性がいる。
3.でも、お相手の男性は、イラク戦争の現実をまざまざと具現化している。
4.日常の幸福のコンテクストの中に、イラクの現実がすっぽりとはまりこむ。結婚記念写真という幸福の象徴の中に、イラクが並置される。わたしたちの生活世界の外部にあるイラクではなく、内部にあるイラク。
5.<日常の幸福>と<イラクの現実>の同一水準内でのギャップが、感情的動揺をはげしく起こす。

 世界報道写真展に特徴的なのは、ギャラリーのだれもが、キャプション(写真の脇に添えられた写真に関する解説=ニュース的なもの)を食い入るように(むしろ写真よりも熱心に)見つめていることだ。報道写真の価値は、人々のふだんの生活の外部にあると思われているニュースを、どれだけ内部のものとして描けるかに依存しているのだろう。内なる物語を投影させるきっかけとして。<わたしのもの>としての世界に呑み込まれる契機として。


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