8月 03

 良い文章だなぁ。筆者が考えているすすむべき方向性と、その方向性を(生活実感をともなって)読者に想像させる物語性が絶妙に融合している。こういう書き方をさいきん忘れていた。ところで、なぜEconomist誌は読むに値するか?それは、グローバリゼーションに対する上の文章のような方向性を、どの雑誌よりも責任をもって引き受けているからだとおもう。「責任をもって引き受ける」とは、道徳やモラルに逃げ込んで主張を正当化しようとしない、ということ。

 フラット化の側面として、強い者はより強く、弱い者はより弱く―良くも悪くも、効果が増幅されるという面はあるかもしれない。これまでは、狭い限られた地域の中での競争だったのが、生活コストが全く違う世界中の国の労働者との戦いになるからだ。大きなうねりが始まったら、その変化は止められない。しかし、恐怖に駆られてではなく、世界は安全ではないことを理解した上で、それでも敢えて前向きに生きる人が多ければ、きっと世界にはもっと良い意味が付けられていくのだろう(例えば絶対的な極度の貧困の減少など)と私は信じている。(上記リンク先より)

 Economist誌は、上記引用部の、「それでも敢えて前向きに生きる人が多ければ」の部分を、徹底的に掘り下げて記事を書いている。どうすればより多くの人が前向きになれるのか?前向きになることを制約している条件はなにか?前向きになることを可能にするシステムとはなにか?などなど。開かれていることが孕む、リスクとチャンスへの深い洞察。道徳やモラルによってなにかを閉じてしまうこと、それがいちばん恐ろしいと自分は思う。

 自分を犠牲にして、他者(社会)のために善い行いをすること。あるいは、他者(社会)を犠牲にして、自分のためだけのメリットを求めること。どちらもぜったいに長続きしない。自分も他者も相乗りできる利益を実現する方法を模索すること。いいかえれば、持続可能なエゴを実現する道を探すこと。そこにしか道はないと思う。

 だから、たとえば「格差社会」を話題にするときも、「格差は良くないこと」「救わなきゃ」という前提から論をはじめる人間を自分はまったく信用しない。格差社会を是正して、じゃあ、自分にどんな利益があるの?あるいは、どういう相互利益があるの?そこから考えないと、どんな解決策も短命に終わると思う。

 他人は利用すればいいんだよ。でも、他人を利用するには、自分もなにかメリットを差し出して利用されなきゃ、相手は長期的な関係を築いてくれない。お互いに利用し合っていて、均衡を保っている状態。それが一番素晴らしいと率直に思う。


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