7月 16

 これは軽いノリで書けないから気合い入れて書く。さあ、王道モダンジャズ随一の傑作の紹介だ。キース・ジャレットという名前を耳にしたことがある人は多いと思う。彼は偉大なピアニストだ。何が偉大かって、彼は神の啓示を受けることができるからだ。神の言葉のように、恐れ多く、澄んでいて、近寄りがたく、切り裂くような美しいメロディを奏でることができるジャズミュージシャンだ。

 なぜか?彼はクラッシックのピアニストとしても一流の素養を持っているからだ。彼はクラッシックからジャズに転向することによって、誰も成し遂げることのできない高みにたった。

 6枚組1万5000円のソロピアノアルバム、サンベア・コンサートを紹介する前に、まず20世紀ソロピアノの最高峰、『ケルン・コンサート』に触れなきゃいけないだろう。


 断言するが、『ケルン・コンサート』は、人類史上最高のソロピアノアルバムの一枚と言って差し支えない。まだ聴いたことがないなら、そのことを深く恥ずべきだ。ジャズがクラシックと幸福な形で出会うと神が陶酔する、というか奇跡が生じるのだ。

 クラッシックの伝統に深く裏打ちされた流暢な指運び。ただしジャズだから、もちろんそこに楽譜は無い。身の赴くままに、うなり声とともに、即興演奏(インプロビゼーション)として、音階を重ね、身と音を共振させてゆくだけだ。だから奇跡が起こる。これほどまでに深く抉る美しいという言葉もはばかられるようなメロディを信じることができるだろうか。これは信仰なのだろうか。

 『ケルン・コンサート』を聴いた人間はケルン・シンドロームに陥る。これほどまでに美しいソロピアノのアルバムをもっと聴きたい、どこかにないか、誰か知らないか‥というわけだ。残念ながら、クラッシックの偉大な歴史は助けにならない。楽譜は、良くも悪くも精神の形式を方向付ける。たしかに、形式の遵守は洗練へと昇華する。だが、形式を踏まえた上で、楽譜を解き放ち、魂を真逆の方向へと解放するには、ジャズ、というよりも自由に演奏する契機が必要となる。キースはジャズを必要としたのではない。ジャズが偶然にもキースの形式を解き放つ契機となったのだ

 今日紹介する『サンベア・コンサート』はケルン・シンドロームへのひとつの処方薬だ。いや、ひとつの処方薬というほど軽いものではない。わたしは、『サンベア・コンサート』が『ケルン・コンサート』をある面では超えていると思う。

 『サンベア・コンサート』はキースジャレットがその絶頂期の頃、日本で行ったソロコンサート5編を納めたものだ。東京、札幌、京都、名古屋、大阪、アンコールという6枚構成になっている。

 ケルン・コンサート的なソロピアノの、量が膨大なだけではない。京都、名古屋、札幌の3枚はケルンを凌駕している。キースの柔らかな指運びと共に、古都の鐘の音が聞え、札幌の明朝凍て付いた路面の冷気が伝わってくる。それぐらい奇跡的な、現実世界と精神世界を循環する音-世界が実現されている。

 ケルン・シンドロームの治療薬はここにある。あなたが膨大かつ偉大な音の洪水にわれを失い、言葉を失い、打ちひしがれたそのとき、あなたはキースジャレット信仰を乗り越え、はじめて面と向かってキースの音色と向き合うことができるようになるだろう。絶対に聴いて欲しい。心から願う。


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One Response to “Sun Bear Concert / Keith Jarrett”

  1. ヤマシタ Says:

    そのとおりだと感心しました。ケルンは実は飽きますが、サンベア札幌は尽きぬ時間です。また最近、「ショスタコウヴィッチ」を聞き、サンベアに近いものを感じました。いずれにせよ、キースの全盛期の舞台が日本だったことがうれしいですね。またご指導くださいませ

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