4月 03

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Nikon D40 / Shichirigahama / Kanagawa.

 性格とはいったい何だろうか。もちろんこれは奇妙な問いだ。「彼はだらしがない」「あいつはまじめ」「ネクラな奴は嫌い」「うちの彼氏イケイケだから浮気されんの怖い」――わたしたちは性格とは何かを問うことなしに自由気ままに性格について語れるのだから。しかしこう考えてみよう。性格なるものが< きちんと>存在しているとするならば、それはいったいどういう形においてだろうか?と。自由気ままにではなく、実証的な科学というフィルターを通してもなお語りうる< 性格>の姿はいったいどのようなものだろうか?「蒸し暑い」と語るのは自由だが、「気温34度・湿度86%」といわれるとずいぶん世界が明瞭になる。同じようなやり方で性格を考えると、いったいどんな世界が浮かび上がるのだろう?

 性格について科学的な研究を行っているパーソナリティ心理学の分野が近年急速な発展を遂げている、という。ユングやらクレッチマーの気質分類(粘着質etc)やらの時代からは遠く隔たり、統計的・生物的な根拠を持つ、5つの性格次元(性格を5つの次元からとらえるやり方)が広く受け入れられつつある。研究者はそれをビッグ・ファイブと呼ぶ。自分や友人や恋人の性格について考える際、何気なく「気まじめだ」「わがままだ」「だらしない」とするのではなく、この科学的な5種類のモノサシ――ビッグ・ファイブ――を当てはめてみるとどうなるのだろう?今回は、以前扱った『目からウロコの幸福学』の著者でもあるダニエル・ネトル著『パーソナリティを科学する』の書評を兼ねての文章です。人間の性格を正確に測定できるモノサシの目盛りはあるのだろうか?

 同書によれば性格を測る5つのモノサシ――ビッグ・ファイブ――は次の通りだという 1)同書の内容が学術的に(心理学的に)実際に妥当性が高いか否かについての議論は、当ブログが基本的に学術目的のブログではないので、控えたい。書き手の本音としては、大枠同意、細部には異論ありといったところ。 。それぞれ、【スコアが高い人の特徴←→スコアが低い人の特徴】も併記してある。

1.外向性(Extraversion) 【社交的・ものごとに熱中する←→よそよそしい・物静か】
2.神経質傾向(Neuroticism) 【ストレスを受けやすい・心配性←→情緒的に安定】
3.誠実性(Conscientiousness) 【自己管理できる←→衝動的・不注意】
4.調和性(Agreeableness) 【人を信頼する・共感できる←→非協力的・敵対的】
5.開放性(Openness) 【独創性・想像力に富む・エキセントリック←→実際的・因習的】

 注意したいのは、これらは類型(性格タイプ)ではない、ということだ。たとえば由美子は外向的タイプ、真人は誠実タイプ、めい子は神経質タイプ、といった話ではない。誰もがこれら5つの性格次元を持っている――ただし各人がそれぞれの性格次元でどれほど得点するのか(それぞれのモノサシにおいてどこら辺に位置しているのか)は個人差によりバラバラ、ということだ。たとえば女子高生の小早川冬菜ちゃんは、1.外向性の得点が高いのでおもしろそうなものにすぐ食いつくし人に出会うのが大好きでイケイケな(盛りまくりの)ギャルメイクをしているが、2.神経質傾向の得点も高いので何事に対しても不安を持ちやや鬱傾向で見知らぬ人と実際に出会ったり他人から評価されたりすることが苦手でひきこもりがちであり、3.誠実性の得点が低いのでだらしがなく少しでも不安になると不安を打ち消すためにお酒を毎日つい飲んでしまうアル中がちの女の子であり、4.調和性の得点が高いので他人が悲しんでいたりするとすぐ巻き込まれて心配になるし基本的に他人に優しく、5.開放性の得点が高いので学問やアートが大好きであり中学生の頃の愛読書は柄谷行人でありいまでは現代アート界のビッグネームであるテオ・ヤンセンの凡庸さを「だっておやんせん(バンバン!」といっぱしにこきおろす日々だという。

 面白いのは、これら5つの性格次元において、得点が高いこと・低いこと、それぞれにメリット・デメリット(利益とコスト)があることだ。考えてみればわかるのだが、もしある性格を持つことがつねに絶対的に有利であるならば、進化の淘汰圧がかかるので、今を生きる誰しもがその性格を持つことになっていたはずだ(たとえば皆が5本の指を持っているように)。性格に個人差があるということは、どの性格(5つの性格次元の得点の高低)にも、メリット・デメリットが(少なくとも進化的には)存在しているということになる 2)正確に言えば、ある形質を持つ個体が、ある条件下では競争者たちよりも有利となり、別の条件下では不利となるという、淘汰圧が時空によって変動するタイプの進化(変動淘汰)にさらされてきたため、さまざまなパーソナリティが存在しているのではないかということ。 。外向性の高い人間は社交的になれるがしばしば危険に巻き込まれる――出会い系殺人事件のように。神経質傾向の高い人間はうつ病にかかりやすいしあらぬ苦痛を抱え込むが致命的なミスに巻き込まれることが少ない――楽天主義のDQNは台風の日にサーフィンで沖にさらわれる。誠実性の高い人間は自己管理できるけれども周りの人間は彼を陰であざ笑っていることだろう――なんて融通のきかない頑固者なんだろう。調和性の高い人間は善意につけこまれてしまう――募金詐欺に財産を巻き上げられる。開放性の高い人間が行き過ぎると統合失調症になる――窓ガラスがあたしに歌いかけてくるの。どの性格も善し悪し――ゆえにみんなちがってみんな変なのだ。

 以下、それぞれの性格次元についてもう少し細かく見ていこう。

■外向性

 外向性の得点が高い人は、(何らかの望ましい資源を追求したり獲得したりするのに応じて活性化する)ポジティブな情動を多く持つ。外向性の得点が高い人は、低い人にくらべて、日常生活の中でたえず喜び、欲望、熱中、興奮といった状態を示すことが多い。つまり、ぶっちゃけた表現でいえば、「これやべーよ!」と興奮・感動・わくわくできる閾値が低い人間、きゅんきゅんする感度がビンビンな人間は、外向性が高いといえるのだ。ラーメン食べて「やべぇうまい」、先輩としゃべって「やべー超勉強になったっす」、クラブへ出かけて「まじいい音だよね」…。すなわち、ポジティブな情動を持ちやすい→アクティブにいろいろなものに関わっていく→実際に有用な資源を獲得できる場合には外向性が高いことが利益として働くけれど危険に巻き込まれる確率も高いのがコストになる。実際に、事故やけがで入院したことのある人はそうでない人々よりも外向性スコアが高い傾向にあったなどのデータが同書では挙げられている。「局地的に資源が枯渇したり、資源の変化が速やかな場所では、自然淘汰は落ち着きのない探索傾向をもつ個体に有利に働いた。だが、資源が豊富で環境が安定していた場所では、それは不必要で危険な気質であっただろう。この場合はより慎重な個体のほうが成功したかもしれない」(p.112)。

 外向性の得点が高い人は喜びと興奮を持ちやすいが、だからといって外向性スコアが低い人は恐怖と悲哀に満ちやすいというわけではない。外向性スコアが低い人の特徴は喜びと興奮の欠如(情動の平板化)だという。また、外向性と社交性を混同してはならない。「人が内気なのは、外向性が低いためというよりはむしろ、不安と神経質傾向が高いことによる場合がきわめて多い。外向性のスコアが低い人は必ずしもシャイではない。たんに社交に価値を置かないだけで、社会的なつきあいがなくてもたいして気にしない」(p.92)。

■神経質傾向

 神経質傾向とは、ネガティブな情動の感受性が高い傾向を指す(神経質傾向の得点は、ネガティブな情動システムの反応性を測るもの)。恐怖や不安などのネガティブな情動は、祖先の環境で悪かったであろう事柄を感知し、それを避けるためにデザインされている。いわば警報機や火災報知機のようなものだ。警戒の度合いを過敏にすれば致命的な損傷を避けることができるだろうけれどたいしたことのない脅威でもアラームが鳴り続けて――恐怖や不安に苛まれて――しまう。警戒の度合いを緩くすれば不必要に多くアラームが鳴る――恐怖や不安に苛まれる――ことはないし情緒が安定するだろうが時に一発退場の損失を食らうリスクを負ってしまう。脅威を見逃すことのコストを考えれば、警報機が超高感度に設計されていても不思議ではない。

 神経質傾向の得点の高い人はうつ病にかかりやすい。しかし、作家、詩人、画家、アーティストについての研究によると、これらのグループではうつの羅漢率が極端に高く、神経質傾向がきわめて高い場合が多いという――「神経質傾向の高い人々は、ものごとの現状(世界における事柄だけでなく、自らの内部についても)が正しくないと感じ、それを変えたいと思っている。この意味で、彼らはさまざまな領域――とくに自己を理解し、そこに意味を見いだすことに関わる分野――で、いわば革新者となるだろう。これと関連して、神経質傾向の高い人は失敗を恐れるため、それが動機と鳴って必死で努力する」(p.137)。

■誠実性

 誠実性の得点が高い人は、衝動を抑制することができる。ギャンブルやアルコールや薬の中毒になりにくい。物事をきちんと予定通りに進めることができる。自制することができる。いいことばかりのように思える。だが、誠実性とは、人が内にもっている基準やプランや規範に固執することなので、予測不能な出来事が起こる環境下では不利になりやすい。東大に入り外務省に就職したエリートたかし君がある不祥事により外務省を首になったとき――誠実性のスコアが高いならば彼は自殺しかねない。誠実性の得点が高い人は摂食障害(食べたいという衝動を食べてはいけないという自らのプランにより過度に抑制してしまうこと)や強迫性パーソナリティ障害になりやすい。「進化の長い歴史において、高い誠実性は局地的な状況によって時には禍となり、時には利益となったに違いない。おおむね、もし環境が非常に安定しており、予測可能で、一定の日に何をするのかが最適かが前もってわかっているならば、高い誠実性が[進化によって]選択されたことだろう。誠実性が高い人は組織的で集中力があり、あちこちに気を散らすことがないからだ。だがもし環境が予測不能であれば、いつ襲いかかるかもしれない状況に対して自発的に反応できる人がもっとも成功するはずである。このように柔軟性を必要とする状況では、誠実性の高い人はうまくいかない。自分の手順が混乱すると、彼らはうろたえてしまい、順応するのがむずかしいからである(pp.162-163)」。また、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の人たちは一般的に誠実性のスコアが低いのだが、彼らが予測不能で流動的な状況下で進化的に適応的であった可能性が示唆されている。

■調和性

 調和性が高い人は、他者の心の状態に関心があり、自分自身の利益だけではなく他者の利益をも考慮に入れる。調和性がきわめて低い人間は反社会的になり集団からつまはじきにされる危険がある。しかし調和性がきわめて高い人間は依存症パーソナリティ障害になりやすい(他人の欲望の食い物にされやすい)。利他的な人間が受ける利益とコストはあらためて書くまでもなく周知の通りだろう。「現実にクリエイティブな仕事で成功するかどうかを予測するのは調和性だということも明らかになっている。つまり、調和性が低いほど成功するのである。成功したいならば、冷酷でなくてはならず、自分自身と仕事を第一に考えなくてはならない」(p.191)。「さまざまな文化に共通して見られることだが、女性に対して夫に望むものは何かと聞くと、真っ先に親切さと共感を強調する傾向がある。だが同時に、彼女たちは社会的地位と物質的成功をもかなり高く評価するのだ。両者の間には葛藤がある。親切と共感は高い調和性を意味するが、個人的成功は調和性の低さを意味しがちだからである。女性たちがこの二方向の綱引きをどうやりこなしていけるのか、私にはわからない。だが、これは現実の問題である」(p.192)。

■開放性

 開放性のスコアが高い人は、あらゆる種類の文化的、芸術的活動に関わろうとする傾向をもつ。「人によっては読書を好み、また人によっては画廊に行くのを好む、ということではない。一方には読書にも画廊にも劇場にも音楽にも熱心な人がおり、他方ではそれらのどれにもたいして興味がない人がいる」(p.198)。開放性のスコアが高い人は、連想の広がりが豊かであり、典型的には詩人やアーティストなどである。開放性の心理学的メカニズムとしては、意味ネットワークの活性化の広がる度合いの個人差が挙げられる。ただし、開放性が高いといいことばかりではなく、開放性が増すにつれてますます多くの離れた領域が連想によって結びつけられますます奇怪な信念がもたらされることになる――典型的には統合失調症などになりやすい。

 以上、同書の内容を簡単に紹介したが、要約としてp.222に挙げられていた表を自分が再構成したものを掲載しておこう。
 

■性格の個人差はどこからやってくるのか

 それでは人はどうやって性格をかたちづくるのか?これら5次元における得点差を生み出す原因はなにか? 3)パーソナリティに影響する要因を考える際には条件がある。「第1の条件は、たとえ世間で一般に認められている影響要因でも、行動遺伝学が示す証拠と矛盾してはならない。第2に、それを影響要因であるとするための証拠は、因果関係が逆さまであってはならない。つまり、パーソナリティが環境に違いをもたらすのではなく、環境がパーソナリティに違いをもたらすということだ。第3に、その影響はなんらかの進化上の妥当性をもたなければならない」(p.225) 行動遺伝学者によれば、パーソナリティにおける遺伝の影響はおおよそ50%だという。すなわち、ビッグ・ファイブのようなパーソナリティ特性に見られる個人差のほぼ半分は、遺伝子型の変異で説明できるということだ。シンプルに言おう。性格にもっとも影響する要素は遺伝だ。親のパーソナリティや教育は子供の性格にほとんど影響を与えないと考えられている 4)「親の行動と家族の状況は、家族という基盤の内部では、明らかに子供のパーソナリティに影響をもつ。それらの影響は、ひょっとしたら一生続くものかもしれない。いかに両親が家族を仕切るか――これは当然ながら、その家庭のメンバー同士の関係と行動を形作るだろう。問題はそれが、その子供たちが家庭の外で世界と取り組むときの大人のパーソナリティにまでは及ばないと言うことなのだ」(p.229) 。長男はしっかり者に、末っ子は甘えん坊に、といった生まれ順が性格に与える影響もほとんど存在しないといわれている。 5)「私たちが年上のきょうだいのパーソナリティについてふりかえるときはいつも、「自分より先に生まれた存在」として彼らを思い出している。そしてまた、年下のきょうだいと言われて私たちが思い出すのは、一緒に暮らしていた間じゅうずっと、自分より若かった相手なのだ。したがって、評価者が年下のきょうだいを反抗的だと見たり、年上のきょうだいをまじめだと見なすのは、あたりまえすぎる結果なのである。その評価が意味あるものとなるには、相手のきょうだい本人による自己評定や、家族以外の第三者による評価によって、長男の誠実性や、末っ子の開放性の大きさが確認されなくてはならない。だが、この種の無関係の評価者を使って調査をした場合、おおむね影響は見いだされない」(p.237) さらに本書では、胎児期の影響についてもいくつかの指摘があるが詳細は省略する。つまり、性格の5次元の得点(性格の個人差)は、第1に遺伝子で、第2に人生初期に受けたさまざまな影響によって決まってしまうものであり、基本的には大人になってからの努力でどうにか変えられるものではない。そのことはしっかりと受け入れる必要がある。

 実際に自分がそれぞれの次元でどれくらいのスコアなのかを測る方法について。同書にも簡単なパーソナリティ測定テストが掲載されているが、詳しく知りたい方はipip.ori.orgを探ってみると良いだろう。

※2013/07/27追記:日本語で自分のパーソナリティーのBig5を測定する方法について書きました

■以上を受けて

 なんとなく誰もが感じていたことじゃん、とくに目新しさはないよ、と思うかもしれない。しかし、性格を測定するための5本のモノサシを――モノサシの両端についてのメリット・デメリットの進化的な説明も添えて――明示されると、人間という複雑怪奇な生き物の蒸し暑さを温度と湿度で言い渡された気分になる。< 蒸し暑い>と< 気温34度・湿度86%>のちがい。あなたは< 蒸し暑い>のではなく< 気温34度・湿度86%>です。それが、新しい。それが、本書の最大のウリである。まどろっこしく語ることはいくらでもできるのだから、できることならば、性格についてもシンプルな測定モノサシがほしい。自分の情けなさや、大好きなあの子の身のこなしなど、どうやったって胸がしめつけられるようでうまく捕まえられないのだから、与えられる補助線は極力シンプルであってほしい。自分の位置を把握する。そしてできることを考える。他人の位置を把握する。そして何をどれだけ求めていいのかを考える。

 性格の大筋は基本的に遺伝と人生初期のあれこれで決まってしまう 6)もちろんあくまで現段階の研究ではそう考えられている、ということ(科学的な知見はめまぐるしく変わってゆく)。またこの知見に否定的な研究者ももちろん存在し確定的なことはいえない。ちなみに「生得的」という概念にまつわる微妙な問題についてはもう少し突っ込んで考えてみる必要があるのだが今回は深入りしない(たとえば、『本能はどこまで本能か』を参照)。 。変えられないこと、を受け入れるとずいぶんと背筋が伸びる。ピン、と、世界に対峙する姿勢が張り詰める。目が澄むからだ。「自分が選んだものではない気質的特性については、むろんだれからも責任を問われることはないけれども、それらの特性の表出として自分が発達させてきた行動パターンについては、道徳的にも法的にも責任がある」(p.257)。「大切なのはむしろ、自分がたまたま受け継いできたパーソナリティ・プロフィールの強みを利用し、弱点からくる影響をできるだけ小さくすることによって、実り豊かな表出を見つけることなのだ。…個人のもつ性格とは利用されるべき資源であって、なくなってほしい災いではない」(p.258)。

 このことについて同書の内容を離れてもう少し考えてみよう。性格は基本的に変えられない。しかし、性格と行動は異なる。性格が行動として実現されるまでにはワンクッションある。以前twitterにこう書いたことがある。【自分の考え方を変えることによって自分自身を変えるなんていう試みはいつだって絶望的だ.環境を変えることを通して結果的に自分の行動が変わっているというシナリオはかなりの確率で見込みがある.行動コントロールの要諦は自分と環境との循環的な関係を変化させ調整することにある.】。自分を変えたい!と思ったとき、考え方やものごとの受け止め方は基本的に変えられないと思った方が良い。それらを変えるための努力はあまりに高くつく(徒労に終わる見込みが高い)。そうではなく、自分が「~という行動をせざるをえない」ように外部環境をセッティングしていくやり方ならば、まだ見込みはあるだろう 7)外部環境とは、いま流行りすぎている言葉を使えば「アーキテクチャ」。 。たとえば、遅刻の愚かさを骨身に叩き込んで心を改めるよりも、物理的に時計の針を30分進めてしまう方が効果が高そうだ 8)もちろんこの場合には「どうせ30分時計は進んでいるのさフフン」とつい甘えてしまうのを外部環境をいかにセッティングすれば防げるのかという問題が残されてはいるが。

 また、他人に期待を向ける場合も同様だ。性格をなおしてほしい、という望みは控えめにいっても実現される見込みが低いだろう。あんたのだらしがない性格をなおしてほしい!――いやいやおそらくそれは無理だって。でも、性格はどうあがいても変えられなくとも、行動は変えられるかもしれない。相変わらずガサツなままの彼だけど、テーブルに柔らかいマットを敷いたら食事の時にがつんがつん食器の音が鳴らなくなった、とか。相手の性格と行動を丁寧に区別しよう。それが忍耐ってものだ。相手の性格を変えることは諦める。でも相手に対して愛が残っているならば、性格が表出されるところの行動レベルでいかに変革を起こすか――いかに環境をセッティングしなおすか――をともに知恵を持ち寄って考えよう。あの人の性格が変えられなくとも、相手に怒ったり、自分の無力を嘆いたりしてはいけない。ともに粘り強く行動レベルでの変革を照準していこう。教育、だって同じことだ。そのためにはまず、なんとなく蒸し暑い、ではなく、温度が何度で、湿度が何パーセントなのかを把握することだ。だからこそ、ぜひ本書に一度目を通してみてほしいなと願う。

パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる
ダニエル ネトル
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おすすめ度の平均: 5.0

5 今後を期待させられる良書

References   [ + ]

1. 同書の内容が学術的に(心理学的に)実際に妥当性が高いか否かについての議論は、当ブログが基本的に学術目的のブログではないので、控えたい。書き手の本音としては、大枠同意、細部には異論ありといったところ。
2. 正確に言えば、ある形質を持つ個体が、ある条件下では競争者たちよりも有利となり、別の条件下では不利となるという、淘汰圧が時空によって変動するタイプの進化(変動淘汰)にさらされてきたため、さまざまなパーソナリティが存在しているのではないかということ。
3. パーソナリティに影響する要因を考える際には条件がある。「第1の条件は、たとえ世間で一般に認められている影響要因でも、行動遺伝学が示す証拠と矛盾してはならない。第2に、それを影響要因であるとするための証拠は、因果関係が逆さまであってはならない。つまり、パーソナリティが環境に違いをもたらすのではなく、環境がパーソナリティに違いをもたらすということだ。第3に、その影響はなんらかの進化上の妥当性をもたなければならない」(p.225)
4. 「親の行動と家族の状況は、家族という基盤の内部では、明らかに子供のパーソナリティに影響をもつ。それらの影響は、ひょっとしたら一生続くものかもしれない。いかに両親が家族を仕切るか――これは当然ながら、その家庭のメンバー同士の関係と行動を形作るだろう。問題はそれが、その子供たちが家庭の外で世界と取り組むときの大人のパーソナリティにまでは及ばないと言うことなのだ」(p.229)
5. 「私たちが年上のきょうだいのパーソナリティについてふりかえるときはいつも、「自分より先に生まれた存在」として彼らを思い出している。そしてまた、年下のきょうだいと言われて私たちが思い出すのは、一緒に暮らしていた間じゅうずっと、自分より若かった相手なのだ。したがって、評価者が年下のきょうだいを反抗的だと見たり、年上のきょうだいをまじめだと見なすのは、あたりまえすぎる結果なのである。その評価が意味あるものとなるには、相手のきょうだい本人による自己評定や、家族以外の第三者による評価によって、長男の誠実性や、末っ子の開放性の大きさが確認されなくてはならない。だが、この種の無関係の評価者を使って調査をした場合、おおむね影響は見いだされない」(p.237)
6. もちろんあくまで現段階の研究ではそう考えられている、ということ(科学的な知見はめまぐるしく変わってゆく)。またこの知見に否定的な研究者ももちろん存在し確定的なことはいえない。ちなみに「生得的」という概念にまつわる微妙な問題についてはもう少し突っ込んで考えてみる必要があるのだが今回は深入りしない(たとえば、『本能はどこまで本能か』を参照)。
7. 外部環境とは、いま流行りすぎている言葉を使えば「アーキテクチャ」。
8. もちろんこの場合には「どうせ30分時計は進んでいるのさフフン」とつい甘えてしまうのを外部環境をいかにセッティングすれば防げるのかという問題が残されてはいるが。

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One Response to “パーソナリティを科学する / ダニエル・ネトル”

  1. 灰塵Z Says:

    面白いっすね。
    骨の髄まで科学と(科学的)論理性に侵されていながら、それでもなお、
    科学という壮大な仮説によって全てを断言されることを嫌う自分にとっては、
    「怖いもの見たさ」みたいな矛盾した感覚を伴う話です。
    いや、むしろ「嫌いな物ほど気になる」って感覚でしょうか?
    うーん、それも微妙に違うな・・・。
    まあともかく。少なくとも私は、「気温34度・湿度86%」と明確に認識して
    いながらも、「蒸し暑い」と言い張るタイプですね。
    暇みつけてこの本読んでみます。有難う。

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