7月 03

fusion
Ricoh GX100/ Roppongi / Tokyo.

 『まぐれ』という今春にヒットした一冊の書評。すでに読まれた方も多いと思うので、内容紹介はできるだけ簡素にとどめ、この本の主張をどう受け止めれば良いのか?という自説を中心に書きます。この本を読んで「人間ってダメだな」と思う必要はかならずしもない、という主張を。元ディーラー、現在は不確実性を研究する大学教授である著者が綴った本書の副題は、「投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」。もちろん自分も投資関係の本として読み始めたわけですが、途中から「これは投資についでの本ではないぞ」と気づくことになった(だからあえて”Investment”タグはつけない)。本書は一級の人生論(人生を啓蒙するサイエンスエッセイ)として読むのが正しい。「投資」というテーマは、著者が議論を展開する上でのあくまでケース(事例)にすぎない(だから純投資的な興味から読むと歯がゆい思いをするはず)。とにかく、極めて密度が濃いので、投資に興味のない人でも十分楽しんで読むことができると思う。というか、この手のハナシに馴染んでいない人は、必読。『ヤバい経済学』なんかよりも圧倒的に面白い。

 本書の中身をごく簡単に要約しよう。1.人間は、たまたま生じた出来事(ノイズ=まぐれ)に対し、過剰に意味(シグナル)を見出してしまう認知のクセを持っている。2.つまり人間は、世の中で生じる出来事の因果関係を、自分たちが思っている以上に誤って把握している(「運を実力と勘違いする」)。だが、そのことに気づかない。3.なぜなら人間は、多くの場合、論理的思考モードではなく感情的思考モードによって日々の意志決定をこなしているから。また、意識的に論理モードを駆動させようとしても、無意識的な感情モードの割り込みを抑え込むことは難しいから(参照:「論理的思考は異常な状態」「思考の二重処理仮説」)。

 もちろん、こう要約してしまえば、「ありきたりな行動経済学の本か」「ありきたりな認知心理学の本か」となってしまうわけだけれども、この本の特筆すべき点は、人間の論理的思考モードが感情的思考モードに犯される様子を、感情的思考モードに訴えかける鮮やかな「物語」として綴っているところ。つまり、平板な教科書的記述が(人間に弱い影響力しか与えない)論理的思考モードに訴えかけるものであるのに対して、この本は(人間に強い影響力を与える)感情的思考モードをターゲットとして<論理/感情>の齟齬のお話を展開しているのです。この点がとても素晴らしい。さて、以下にもう少し細かく本書の内容を紹介したうえで、自説の展開に入っていこう。

■本書の内容紹介

 まずはハリ・セルダンになりたくてさんより図を拝借。この図は「まぐれ」(ランダム性)を視覚的に理解する上でとてもわかりやすい。わたしたちは「ランダム」と聞くとグラフAの状態を想定しがちだけれども、実はランダムな分布はグラフBの状態。まぐれに分布させると、そこに「原因」が一切存在しなくても、ただそれだけでクラスター(塊、構造)が生まれる。ところが人間は、この塊はなぜ生じたのだろう?と原因分析をはじめてしまうし、その塊に過剰な「意味」を読み取ってしまう。

 コイントスの例を考えればわかりやすい。10円玉を何回かトスしたとき、「表、裏、表、裏、表、裏…」と交互に出ることはあまりない。ランダムに投げると、「表、表、表、表、裏、表…」と、そこに擬似的な一定の規則性が生じるのが常だ。ところが人間はしばしば、この「表、表、表、表」という配列に、「こんなに表ばかり出るのはおかしい!理由が存在するに違いない!まぐれでこんなことは起きない!」と感じ、科学的=事実的には間違っているし不必要な理由付けを行ってしまう。「ハリ・セルダンになりたくて」さんの言葉を借りれば、「乱数は乱数であるがゆえに、集まることがある。そして、集まることは単に偶然であって意味はない」のに、だ。

 たとえば、スパムメールを送りつける業者の例を考えてみよう。その業者は、「極秘情報を入手したのであなただけにお教えしますが、現時点でトヨタ株を買って1ヶ月後に売れば必ず儲かります!もしわたしたちを信頼して頂けたら、購読料をお支払い下さい。そうすればトヨタ株よりもっと儲かる株情報をお伝えします」的なメールを流しているとしよう。1ヶ月後に株価が上昇している確率が50%、下落している確率が50%という、コイントスと同様な(確率1/2の)ランダム状態を想定しよう。もし10万人にメールを送れば、メールを信じて行動を起こして1ヶ月後に利益を得る人の数は5万人。2ヶ月後:25000人。3ヶ月後:12500人。4ヶ月後:6250人。5ヶ月後:3130人。6ヶ月後:1560人。7ヶ月後:780人。8ヶ月後:390人。9ヶ月後:200人。10ヶ月後:100人。11ヶ月後:50人。12ヶ月後:25人。「まぐれ」に基づいてメールを送ったとしても、1年間メールの予想が当たり続ける人が、25人存在するわけだ。

 ここで面白いのは、儲けが出る確率を50%ではなく40%に変えたとしても、1年後には2人(1.67人)の人間がちゃんと利益を得ている点。もしメールを送る相手の数を1000倍増やして1億人にすれば、確率50%で25000人、確率40%で1670人もの人が1年間利益を出し続けるわけです。(儲かる確率40%という)無能な人ばかりの母集団でも、ほんの一部は凄いトラックレコードを出す。つまり「トラックレコードの最大値の期待値は、それぞれのマネジャーのオッズよりも、むしろ当初のサンプルの大きさで決まる(能力よりも[どれだけの人間がある課題に挑んだかという]最初の人数の方がずっと影響は大きい)(p.192)」「仕事をする人の数が多ければ多いほど、そのうち一匹が運だけで輝かしい業績を上げる可能性は高くなる(p.172)」というわけです。

 だから筆者はこう言う。「ほとんどどんなことでも、私たちは偶然が果たす役割を過小評価している(p.7)」。仕事で輝かしい成功を収めている人は、彼(女)の能力が優れているから成功したと本当にいえるのか?わたしたちは偶然の果たす役割(コイントスでたまたま表(=成功)が連続して何回も出る状態)を過小評価しているのではないか?と。たとえば、就職活動をしている学生。何回か落ちると、すぐに「俺は才能がないからな」と意気消沈してしまう。彼は偶然が果たす役割を過小評価している。受ける会社の数(当初のサンプルの大きさ)を増やせば、自分の能力に変化が一切無くても、確率の点で、内定を取るチャンスがぐんと増える。あるいは「俺は女にモテないからな…」といつも嘆いている男の子。渋谷の路上で1000人ナンパしてみれば、自分の容姿や中身がこれまでと一切変わらないとしても、1人くらいは恋人になりますよ(友人の実話)。非モテを嘆くのは自由だけれども、その前に十分な数のトライを行ってるんですかね?つまり、自分が一切成長しなくても、ただ試行数を増やせば、確率の点で、成功のチャンスはぐっと増える。成長神話(「能力があるから成功した」)を信じてうじうじ反省している暇があったら、とにかく試行数を増やせよ、ということです。

 科学的な研究をしている人を考えよう。毎日毎日、その人は、世間と切り離された実験室でネズミを解剖している。何年もやり続けて、それでも見るべき成果は得られないかもしれない。それがある日大当たりが出て、研究者は見事な成果を手にする。この人の仕事の時系列データを誰かが観察していたとしても、毎日全く進歩がないように見えるだろう。でも、確率の点で、この人は最終的な成果に毎日近づいていたのである。(p.143)

 さらに、わたしたちの成功に対して偶然の果たす役割が想像以上に大きいとすれば、「仕事について検討するなら、その仕事で成功した人の例ではなく、その仕事を選んだ人の平均を考えなければいけない(p.37)」。たとえば就活中の学生が電通に入りたい!と思うとき、彼は電通で一番成功しているビジネスマンに自分もなれると夢見ているわけだけれども、電通で成功を収めたビジネスマンはかならずしも能力があったから成功したわけではなく、やはり「まぐれ」にずいぶんと助けられている。とすれば、合理的に考えるならば、成功者を夢見るのではなく、電通の平均的な社員の姿を想定し、自分もそこに落ち着きそうだと考えなければならない。「ビル・ゲイツは平均以上だろうけれど、でも、彼は最高なんだろうか?(p.216)」「経済での優位を決めるのは、たまたまの出来事と正のフィードバック(p.217)」「私が言っているのは、もっと情報がないなら判断は控えた方がいいということだ。そのほうが安全だ(p.212)」「観察された結果と、観察されないけれどあり得た結果の両方を考慮すべきだ(p.38)」という問いかけです。

 起こる可能性のあるすべての歴史の中から、その一つが全く偶然に実現しただけなのに、私たちはそれを全体の代表的な一つだと思い込み、他にも可能性があったのをすっかり忘れてしまう。端的に言うと、生存バイアスがある場合、一番成績が良かった結果が一番目につくのだ。どうして?負け犬はのこのこ出てきたりはしないからである。(p.183)

 私たちは、原因がどうだろうと、戦いに勝った人をあがめ、敗れた人をバカにする。成功したのは運が良かったからだと言う歴史家がいったい何人いるだろう、過程と結果の違いを意識している歴史学者はどれぐらいいるだろう。(p.308)

 ではなぜ、人間は「まぐれ」を過小評価してしまうのか?それは、わたしたちはふだん、論理的思考モードではなく感情的思考モードで意志決定をしていて、「感情という装置にはニュアンス(確率的なグラデーション)がわからない(p.229)」からだ。まぁ、ここらへんの話はしょっちゅう書いているので省略したい。というか本書に簡潔な説明が載っているので、ぜひ読んでみてください。

 私たちは知っていることが全部、何時でも頭に浮かぶわけではない。だから物事を一般的な文脈で考えるとき、そのときどきに併せて局所的に必要な知識の塊を断片的に集めてくるのだ。その結果、人は気まぐれに参照点を決めて、そこからの差でしかものを見ない。絶対水準ではなく、決まった局所的な観点からしか物事を判断できないのだ。(p.235)

 進化論者[進化について研究する学者]たちは、対象がどんな枠組みの中で、どんな形で示されるかで脳の働きは決まると考えている。だから、出す結果は矛盾していることもある。手抜きをしているのは、論理的な問題を解くときに使うのでない部分の脳だ。人がつじつまのあわない選択をすることがあるのは、脳が手間をかけずに部分的な処理をする形で働くからだ。本当に問題なのは、進化的なサバンナ環境にはあまり情報がなかったということだ。効率的に計算しないとオッズがわからないなんていうことは、ごく最近までなかった。(p.244)

■で、これをどう受け止める?

 科学的に思考するならば、「確率がどれくらいか」を一緒に考えなければならないのにも関わらず、わたしたちはある命題を聞くと、「真か偽か」の二分法で考えてしまいがちだ。たとえばアキバ通り魔事件。「加藤はモテなかったから事件を起こした」「派遣社員の劣悪な労働条件が事件を生んだ」などなど、いろんな説明が飛び交っている。じゃあ、非モテ要因で事件原因の何パーセントを説明できるの?劣悪な労働条件で事件背景の何パーセントを説明できるの?偶然が果たした役割はどれくらいなの?遺伝的要素が果たした役割は何パーセントなの?科学的な「事実」を明らかにしたいならば、本来確率論的に問うべきだ。「通り魔事件の歴史」を眺めていると、毎年通り魔は(台風のように)一定頻度で生じうるのだし、正直、今回の通り魔事件に過剰な意味を見出している人が多すぎるなと、辟易してしまう。秋葉原ではなく島根で同様な事件が生じていれば、これほどまでに騒がれただろうか?あなたは「これまでで最大の犠牲者数を出した通り魔事件だったんだ!」と言うかもしれない。しかし、犠牲者が増えたのは、ただ単にナイフの刺しどころが悪かったからなのかもしれない。

 文学系の人たちにはノイズと意味をわざと混同するくせがある。(中略)ものごとが偶然であるのを受け入れられなかったり受け入れたくなかったりする私たちがつくり出したのが、シンボル(象徴)だ。(p.6)

■「原因」と「責任」はちがう

 でも待てよ、とここで立ち止まる。もしアキバ通り魔事件の犯人・加藤が持っている遺伝的資質が異なっていれば、事件は起きなかっただろう(遺伝要因も事件の何十パーセントかを説明するだろう)。加藤に遺伝子を授けたのは誰だ?それは加藤の親だ。つまり親も事件「原因」の一端を担っている。ところが加藤の親の「責任」は問われない。つまり「原因」と「責任」は異なるのだ。「原因」はどこまでも辿ることができる(加藤を生んだ加藤の親を生んだ祖母祖父は?さらに祖先は?)。ところが「原因」を無限に遡及すると人間の「自由」がなくなってしまうので、「ここまで責任を追及することで良しとしましょーね!(そのかわり人間は自由な主体です!)」というルール(境界線)が政治的に決められている(多くの場合、法律によって)。「原因」と「責任」のちがい、ここに『まぐれ』という本を解釈するポイントがある。

 「原因」を明らかにしたいならば、客観的に、科学の方法論で、確率論的にやるべきだ。筆者の主張するとおり、「まぐれ」に過剰な意味を読み取ることは許されない。アキバ通り魔事件が生じた「原因(事実)」を説明したい人は、自分が探り当てたある理由(たとえば「派遣社員の劣悪な労働条件」)が、「当該の事件を何パーセント説明するのか」についても同時に考える必要があるだろう。まぐれ、に留意しながら。

 しかし、もし「責任」について考えたいならば、その限りではない。「責任」は、「原因(事実)」と同一物ではなく、行為者が主体的に引き受けるものだからだ。「原因(事実)」を明らかにすれば、ただちに「責任」の所在が導かれるわけではない。「責任」はむしろ、わたしたちが今後社会をどのように作っていきたいかを宣言する決意表明なのである(その意味で「責任の所在を明らかにする」というフレーズはおかしい。「原因」は明らかにできるけれど、「責任」はわたしたちが討論を重ねて構築していくものだ)。つまり、「派遣社員の劣悪な労働条件」が、事実の水準で、加藤の犯行「原因」としてそれほどたいしたものではなく、実際には「まぐれ」が大部分を説明したとしても、「派遣社員の劣悪な労働条件」に事件の「責任」性を見出し、これからの社会を変革していこう!とする立場は当然ありうるのだ。

■「なぜ?」という問いかけは、なにを目指しているの?

 まわりくどくなったので、わかりやすくまとめておこう。なにか不可解なことが起きたとき、わたしたちはいつも「なぜだろう?」と問う。なぜ恋人に振られたのだろう?なぜ殺されたのだろう?なぜ合格したのだろう?なぜ成功したのだろう?そのとき「なぜ」と問うことによって、いったいなにを目指しているの?そのことに注意を払おうよ!と、主張したいのだ。

 「原因」を明らかにしたい、つまり事実を知りたいならば、筆者の述べるとおり、「まぐれ」にもっともっと注意を払うべきだ。科学的・確率論的な実証精神で挑まなければならないし、自分や他人がある状況に行使できた能力を割り引いて考える必要がある。わたしたちの想像以上に、事実を捕まえるのは困難なのだ。他方、「責任」を構築したい、つまり自分が人生や社会をどう引き受けるべきか(どう解釈しどう主体的に生きていくか)を考えたいならば、たとえスティーヴ・ジョブスの成功が「まぐれ」であろうとも、果敢にジョブスを目指す(ジョブスは才能があり努力したから成功したんだ!と信じ、彼を分析し、彼のようになろうと挑む)価値がある。自分の将来像を描くとき、アップル社の平均的な社員の姿をイメージするのが科学的には合理的であるとしても、裏切られる確率は高いがジョブスを理想とする意義はある、ということだ。それは祈りにも似た行為ではあるけれど。

■おわりに

 わたしたちの多くは「幸せになりたい!だから頑張ろう!頑張れば今よりも幸せになれる!」、そう思いながら日々を過ごしている。だが、科学=事実の水準で調査を行った結果、ある人が将来幸せになれるかどうか(将来の幸福度の自己評定)を予測する変数としてもっとも重要なのは、その人の性格因子だったという(下図参照)。事実の水準でいえば、身も蓋もない言い方だが、幸せを感じることができる性格を持っている人はどんな状況にあってもかなり幸せになれるし、幸せを感じられない性格の持ち主はどれほど社会的に成功したとしてもあまり幸せにはなれない、ということだ。

 
『目からウロコの幸福学』(p.127)

 だからといって、わたしたちが今日明日の努力を放棄する必要はない。自分で自分の未来を引き受けたいのであれば、つまり現在の自分を将来の「原因」ではなく「責任」としたいのであれば、存分に努力すればいい。事実がどうであろうと、自分の物語が満たされるならば、それだけで実存的な価値がある。

 同様に、事実の水準ではわたしたちがかなりの程度まぐれに翻弄されるのだとしても、わたしたちは自分の未来を自分の「責任」で引き受けることができる。冒頭に「この本を読んで「人間ってダメだな」と思う必要はかならずしもない」と記したのは、そのような意味を込めてのことだ。

 ただし、ただし、ただし!事実の水準は想像以上にまぐれに満ちている。わたしたちは避けがたく「原因」の認識を誤ってしまう。そのことを痛感させてくれるのが本書だ。活き活きとした物語、哲学的議論、科学的事実を織り交ぜながら、「原因」把握は決して生易しいものではないんだよ、と感情へ直接教え諭してくれる。いかに生きるにせよ、この洗礼はくぐり抜けておいた方が良いと強く思う。だから、あなたに本書の一読を勧めるのです。

 偶然を相手にする仕事をする中でひらめきが訪れたのは、自分は十分にかしこくも強くもなく、自分の感情にあらがうなんてやるだけ無駄だと悟ったときだった。そのうえ、考えをまとめて実行するためには情緒が必要だ。私は、自分が偶然にだまされるように出来ていることがわかる程度に、そして自分が感情的だという事実を受け入れられる程度にしか賢くない。(中略)私と私がからかった人たちの差は、私がそうしたことを知ろうとする点にある。確率をどれだけ長く研究し、理解しようと努めても、私の感情は学んだのとは違う計算をしてしまう。私の知性のない遺伝子が私にそんな計算をさせようとするからだ。私の頭はノイズとシグナルを見分けられるかもしれないが、私の心にはそんなことは出来ない。(p.269)

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか 望月 衛

ダイヤモンド社 2008-02-01
売り上げランキング : 248

おすすめ平均 star
star長い目で見ましょう
star相場の世界で長生きするには?
star説得力抜群

Amazonで詳しく見る by G-Tools


1 Star2 Stars3 Stars4 Stars5 Stars (3 votes, average: 5.00 out of 5)
Loading...Loading...
11,703 views | add to hatena hatena.comment 4 users add to del.icio.us 1 users add to livedoor.clip 1 users |  http://plaisir.genxx.com/wp-trackback.php?p=211



Amazon Related Search

Leave a Reply