5月 29

Red.
Nikon FM3A / Agfa Vista400.

 イロモノ系ブログとしてこれは外せないので、書評。金益見著、『ラブホテル進化論』(文春新書)。ラブホテル進化「論」というタイトルは誤りで、ラブホテル進化「史」という題がふさわしい。丹念に集められた写真やインタビューなどの資料は日本の過去を知る上で極めて面白いものの、ラブホテルの進化を駆動させてきた、背景にある原理(≒構造)をていねいに実証しようとする気概はあまり感じられない。「学問」としてみれば甘めで、どちらかといえば新聞の文化欄の特集記事を読んでいるような味わいだけれども、それなりに楽しかった。

 とにかく、この本は、そこそこの成功をあらかじめ約束づけられた書だと思う。1.多くの女性はあえてこの本を買わないだろう。2.若い男性は、著者の分析が甘くても、70s~80sまでのラブホテル全盛期についての記述を読むだけで、ワクワクしてしまうだろう(秘宝館をのぞくような感覚で)。3.本書に記述されているラブホテル黄金期を実体験している昭和な男性たちは、懐かしさを感じると同時に、著者の姿勢に「激萌え」するだろうから、週刊ポスト的な意味においても成功を収めているといえるだろう。


■「激萌え」させる著者

 なにが「激萌え」かって? 1.ある程度美人で、2.長い間母親に「ラブホテル」という研究テーマを隠すような育ちがよいお嬢様だけれども、昔から天真爛漫な性格には自信があり、偏見のない好奇心を持っていて(第1章のタイトルは「あこがれのラブホテル」)、3.教授にお叱りを受けたり関係者にセクハラまがいの発言をされながらもなんとか研究をすすめ(「男」を非難するのではなく「わたしが自分を鍛えていかなきゃ!」的スタンス)、4.「ラブホテルは、決して日陰の存在ではなく、堂々たる日本の文化である。私は本書でそれを実証したいと思っている(p.17)」という「男」的な文化に寄り添う姿勢、5.「印税が入ったら、いつも私の金銭事情を気にしていてくれていた妹においしいものをたらふく食べさせてあげたい(p.217)」という、育ちのよいあけすけさ。「自分語り」が随所に散りばめられているのは編集者の作戦だろうけれども、いやぁ、よくできていますよ。オジサマに可愛がられる要素、120点満点。こういうの、決して嫌いではないけれど。

■ラブホのこんな過去は知らなかった

 20代中盤の自分としては、ラブホの過去に関する歴史的な記述がとても面白かった。新書なので、紹介しすぎないように気をつける必要があるけれども、印象に残った部分を少しだけピックアップしたい。「回転ベッド」「総鏡張りの部屋」くらいならば誰でも知っている。でも、ここまでイカれたベッドが存在したことを知っている若者は、ほとんどいないだろう。

【プラネラリウム・ベッド】
 ベッドに横たわると、「二人でお読みください」と表書きのある、しゃれた手紙が置いてある。封を切ると桜紙にゴム製品、女性用クリームがセットで入っている。そして、「こよい一夜をお二人の想い出に」と記された説明書が一枚。説明書きにしたがって枕もとのAボタンをおすと部屋が薄暗くなり、甘いムード・ミュージックが流れる。さらにBボタン。音もなくベッドが天井へ向かって動き出す。そして顔が天井にくっつくのではないかと思われるころ、ベッドは止まり、こんどは、これまで一枚と思われていた天井の板が左右に割れ、その間より、星の降るきれいな夜空がのぞいてくる。さいごにCボタン。ベッドがゆっくりと回転し出す。このころになると部屋の中という意識はなくなり、二人は無我の境地に吸い込まれていく。(p.77)

【オリエントエクスプレス・ベッド】
 階段を上った二階部分が、細長い寝室になっている。この寝室に敷かれた10メートルほどのレールの上を客車型のベッド、オリエントエクスプレス号が往復するのである。しかも、ただ往復するだけではない。枕もとのスイッチを入れると、車窓にあたる側面の壁に各国の風景がスライドで映し出されるのだ。フランスのパリ駅からはじまり、スイス(スキー)、スペイン(闘牛場)、イタリア(ベニス)、終着駅のイスタンブールと列車はすすみ、最後はふたたびパリのスライドが回想的に映し出されるというニクイ演出で、この間約25分。(中略)

 [Aのボタンを押すと]スライドに合わせた現地の生の音とそれぞれの国にちなんだムード音楽が流れてくる。たとえば、フランスでは凱旋門付近やパリ駅構内の雑踏音、スイスではスキーのエッジを切る音、スペインでは闘牛場の喚声、イタリアでは水の都ベニスを思わせる流水の音などの効果音が流れ、その合間に「パリのめぐり逢い」「枯葉」などの曲がオーケストラで流れてくるといった趣向なのだ。しかも、国境を通過する際には、その旨、女性の声で英語のアナウンスがあり、枕もとのスピーカーからは列車の走行音が流れてくると言うから、そのコリようたるや、もう頭が下がる思い。(pp.80-81)

 すげぇ(笑)…でもなぜ「すげぇ」と感じてしまったのだろう?これって、よく考えてみれば、ディズニーランドのアトラクションとそれほど違いはないのに(むしろ粗雑なコピー品だ)。おそらく、「セックスするまさにその場所でここまで演出するのか!」と思ったから、「すげぇ」と感じてしまったのだ。彼女をその気にさせるために用意されているディズニーランドの凝った趣向に対しては「すげぇ」とは思わないのに、ラブホテルの凝った仕掛けに対しては「すげぇ」と思ってしまう、このマインドは何だろう?もうすでに目的=セックスが約束されている場所なのに、終着点であえて不必要な演出を行うことに、ロマンを感じるのだろうか?

 肉体的な営みとしてのセックスはあまりにつまらないので、セックスは必ずファンタジー(物語)を必要とする。かつては<セックスの場>にファンタジーが内在していた 1)第1章「あこがれのラブホテル」参照。著者の言うとおり、「ラブホテルは、セックスをするためだけに用意された空間ではない。セックスをするだけなら、部屋に布団があれば充分だ(p.26)」。しかし、最近のラブホテルでは、マンションやシティホテルのようなシンプルな内装が好まれており、ファンタジーがいわば外注されている。わたしたちは、(テレビ・雑誌・ネット等を通じて)セックスに関する語りを爆発的に増殖させる一方で、<セックスの場>それ自体は極力シンプルなものにしようと努めてきたのだ。まるで最後の砦を守るかのように。

 過去のラブホテルにまつわるお話が与えてくれるロマン 2)著者の言葉を借りれば「色気」は、この失われた「<セックスの場>内在型のファンタジー」なのではないか、と思う。ラブホテルデザイナーの第1人者である亜美伊新さんは、こう嘆く。

 ラブホテルというのは、非日常的な空間であり、異次元の世界であるのと同時に最終的にはエロスの館だということを忘れてはならないのです。今あるのはただきれいなだけで何の変哲もない泊まるだけの箱で、そこにカラオケがついているかゲーム機があるかだけの違いで、ラブホテルとは縁遠いものが大半です。今すぐにでも発想の転換を図らないかぎり、この先4,5年で半減するものと思われます。(p.199)

 では、なぜセックスのファンタジーは<セックスの場>それ自体から排除されてきたのか?著者は十分な答えを与えていない。ラブホ選びの主導権が男性から女性に移ったから、では答えになっていない。

■シティホテルとラブホテル

 1泊6万円以上することで有名な西新宿にあるシティホテル、パークハイアットは、しばしば「高級ラブホテルだよね」と揶揄される。たしかに、「ラブホテルはシティホテルに、シティホテルはラブホテルにと、互いに近づきつつ(p.37)」ある。著者はこう述べる。「某シティホテルの広報にインタビューしたところ、「ラブホテルは参考にさせていただいています」とのことであったが、ホテル名や担当者名は必ず伏せてくださいと何度も言われた。そこからは、まだまだラブホテルへの偏見が残っているということがうかがえる(pp.36-37)」。そして著者の問題意識は、先に引用したとおり、「ラブホテルは、決して日陰の存在ではなく、堂々たる日本の文化である。私は本書でそれを実証したいと思っている(p.17)」。

 であるならば、なぜシティホテルは「偏見」の目で見られないのに、ラブホテルについて大っぴらに語ることは忌避されるのか?なぜラブホテルに対して「偏見」が残っているのか?ラブホテルに対する「偏見」の背後にどのような性規範意識が働いているのか?そのような性規範意識は、どのように構築され、いかに作動しているのか?日本社会はセックスをどのように受容してきたのか?海外の事例と比較すれば、いかなる結論を引き出せるのか?

 著者はこのような肝心な問いに向き合っていない。ラブホテルに対する屈折したまなざしの背後に存在する原理について、なにも語っていない。だから本書は、知的興奮に乏しく、平板な「新聞の文化欄」的印象を与えてしまう。串の刺さっていない焼き鳥のように、バラバラな歴史的記述が羅列されている、そう感じさせてしまうのだ。

■おわりに

 いろいろと厳しいことを言ったけれども、「ラブホテル」というテーマに興味がある人ならば、手に取る価値は十二分にある一冊だ。たとえば、なぜラブホはあれほど趣味の悪い派手な外観をまとっているのか?【地価の安い、人目に付かない田舎で集客しようとした→ラブホはメディアに広告を出せなかった→目立たないと埋没する→せめて外観だけでも「ラブホだね!」と一目見てわかるように存在をアピールする必要があった→だからクドい建築デザインが進化した】とか、【老人がラブホテルを利用した際には添い寝が多い(セックスした痕跡がない)】とか。著者が丹念に脚で稼いだ民族誌的記述は、抜群に面白い。

 「なぜラブホテルは蔑視されるのか」という問いに真正面から向き合ったとき、金益見さんのラブホテル進化「史」は、ラブホテル進化「論」に変貌し、ラブホテルが「堂々たる日本の文化」であることが実証されるのだと思う。応援しています。頑張って下さいね。

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star新書としては非常に優れている
star確かに修士論文っぽい
starほかに例をみない研究書ですね

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References   [ + ]

1. 第1章「あこがれのラブホテル」参照
2. 著者の言葉を借りれば「色気」

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One Response to “ラブホテル進化論 / 金益見”

  1. 「しんのすけ」の現実逃避 Says:

    ラブホテル。…

    他の人にとってどうか知らないが、 ラブホテルは、僕にはいまだに不思議な存在だったりする。 いや、利用したことがないわけではない。 けど、 ほとんど高校か大学の一時期だ (more…)

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