3月 02

scramble crossing
Ricoh GX100 / Shibuya / Tokyo.

 友人が経験した実話にもとづく、セックスより深く切ない、一晩の物語を綴ろう。あまりない話だ。自分の体験談ではないので、細かい部分や心情描写には脚色が入っているけれど、実話の基本線はブレないように織り上げます。あなたはそれでもセックスできますか?それでも愛せますか?

 物語がはじまる数週間前のこと。どうひいき目に見ても女好きの直人(仮名)は、mixiを次から次へと彷徨っていた。いつものことだ。自分のプロフィール・ページについた足跡を踏み返し、少しでも共通項があればかならずメッセージを送ってみるのが、彼の流儀だった。カチカチとマウスをクリックする音が小さな部屋に響き渡る。飲みかけのコーヒーから湯気が姿を消したそのとき、目の色が変わった。発見したのだ。同郷で同い年の女の子を。彼が幼少期を過ごしたのは鹿児島よりも南方に位置するとある小さな島だ。彼女はその小さな島からフェリーで20分ほどでたどり着くことができる、別の島の出身だった。それだけじゃない。プロフィール写真の欄には、上級のルックスが誇らしげにただずんでいた。身を乗り出すようにしてメッセージを送信。数週間にわたって繰り返される他愛のないやりとり。築かれる絆。二人が居酒屋で肩を並べるのは、時間の問題だった。

 ある冬の週末。午後7時、渋谷ハチ公前。さすがにあのプロフィール写真は嘘くさいよな…。ぶくぶくと太った灰色の雲が、期待と不安を圧迫する。auの携帯電話を片手に、ルイス・レザーズのライダース・ジャケットでキメた直人が、ゴキブリのように沸く人混みをかき分けて出逢ったのは、とびっきりの女の子だった。くりっとした垂れ目に、可愛らしいえくぼ。170cmはある身長に、ミニスカートからのぞく華奢な白い足がまぶしかった。芸能人でいえば、最盛期の伊藤裕子といった感じか。そして二人が向かった先は、汁べゑという居酒屋だ。安い値段の割に居心地が良く、料理も悪くない。初回は気取らない方がうまくいく。彼は鉄則をわきまえていた。

 刻々と時は流れ、アルコールという名の潤滑油が二人の歯車を噛み合わせていく。なんてしなやかなんだ…。本当に女の子らしい女の子だな…。これほど女の子らしい女の子には出逢ったことがない…。それが彼女に対する直人の率直な印象だった。職業を尋ねると、はにかみながら「モデル」という。そりゃあな、これだけスタイルが良くて可愛ければ、トップモデルではないにせよ、どこかのファッション誌でモデルをやっていても不思議ではないだろう。正気を取り戻そうと緩みっぱなしの頬をおしぼりで冷やしていると、彼女がさりげなく寄りかかってきた。ねぇ、これからどうする?

 セミダブルのベッドに、肩を寄せ合い、小粒の涙が枕を染めていた。さめざめと溢れ出す、とどまることのない彼女の涙。いいんだ、みんなそうなんだ、と彼女は声にならない声で呟いた。一方、彼は行き場を失っていた。言葉は枯渇し、指先で触れることさえできなかった。呆然と天井を見上げる直人の手には、「ふくらみ」の感触が鮮やかに残っていた。股間の「もっこり」した感触だ。彼ではなく、彼女の。

 始発まであと3時間残っている。生物学的には「男」である彼女を前にして、素っ裸の直人はどうすることもできなかった。セックスは無理だ。絶対に無理だ。こみ上げてきたのは、怒りじゃない。得体の知れない震え、そして哀しみ。長い沈黙が12畳の部屋を隅々まで埋め尽くしたのち、彼はようやく天井に言葉を見つけた――「もしよければ、いろいろと話、聴くよ」。

 そこは祐天寺にあるマンションの一室だった。彼女の部屋だ。涙を枯らした彼女はおもむろに立ち上がり、スチール・ラックから黄色い小さなアルバムを取り出した。ページを捲るごとに、今度は涙ではなく言葉が堰を切ったように流れ出した。小さな島で性同一性障害を抱えていることなど誰にも打ち明けられなかったこと。高校を中退し一人で東京にやってきたこと。キャバクラで働きトップまで上り詰め、親に送金するまでになったこと。職場の人間や友人など、まわりの人間はみな自分が「本物」の女であると信じきっていること。股間のふくらみを隠すプロテクターが苦痛で仕方ないこと。そして、誰にも「打ち明ける」つもりはないこと。自分が自分でいられるのは、こうして見知らぬ男の人と一晩を共にするときだけであること。直人は黙って彼女の言葉を聴いていた。半分染みこむようで、半分は擦り抜けていた。

 いつものように、窓の外に音が満ち、陽の光が真新しい空白の1ページを準備しはじめた――長い夜だった。東京の上空にカラスが狂奏曲を奏でる頃、直人は帰路の電車にぐったりと座り込んでいた。それから、彼女にふたたび連絡を取ることはなかった。拒否したわけではないけれど、彼女から連絡が来なかったので、まぁ、そのようなものだろう。

 彼女が生物学的に男であることを知る以前、直人は「彼女ほど女の子らしい女の子はいない」と感じていた。なぜそう思ったのか。逆説的な言い方だが、おそらく、それは彼女が生物学的に男だったからなのだろう。ありのままの彼女は、肉体的な保証がないのだから、「女」ではいられない。彼女は「女」になるために、あらゆる努力をする必要があった。なにを好むべきか。どう発言すべきか。いかに振る舞うべきか。男が欲望する「女」という幻想を敏感に演じ続けなければならなかった。その欲望そのものに生きることができるのは、彼女のような境遇にいる人か、二次元アニメのキャラクターくらいなものなのだろう。

 また、チンコ一本ですべてがひっくり返ってしまうのならば、そもそも「男」とはなんだろう。「女」とはなんだろう。わたしたちの多くは、生物学的な性(sex)と社会的に構築されたジェンダーは異なる、そして生物学的な性(sex)よりも社会的に構築されたジェンダーの影響の方が大きい、という教育を受けてきた。本当にそうだろうか。彼女はジェンダーとしての女性を完璧に生きていたが、チンコ一本で、すべてが振り出しに戻ってしまったのだ。彼女がいて、付き合っているけれどまだその人とはセックスをしていない状態の男の人がいるならば、ぜひとも尋ねたい――「はじめてセックスをするとき、彼女の股間にチンコが生えていたとしても、彼女を愛せますか?」。あるいは、同様な状態にいる女の人に尋ねたい――「はじめてセックスをするとき、彼氏の股間にチンコが生えていなかったとしても、彼氏を愛せますか?」。

 直人はこうも打ち明けてくれた。「正直、はじめはとてつもなく怖かった」、と。あなたは、「性同一性障害の人を差別してはいけない」と強く感じているかもしれない。自分だってもちろんそう感じている。そもそも、「障害」という単語すら相応しくないと思っている。また、たとえば「新宿二丁目」や「KABAちゃん」に代表されるように、記号としての性同一性障害は市民権を獲得しつつある。しかし、直人のように、他ならぬ性的欲望の対象として身体まるごとロックオンされたとき、それでもあなたは平静を保つことができますか?少なくとも自分は、生物学的な男の人から直接的な欲望の対象にされたとき、いつも激しい嫌悪感をおぼえてきた。
 

 それから約1年が経過した。直人はナンバーポータビリティーで携帯電話をDoCoMoに変えた。電波が輻輳してロクにつながらないauに嫌気がさしたからだ。お決まりの一斉送信されるメール、「アドレス変えました。お手数ですが…」――ディスプレイが光る。例の彼女からのメールだ。なになに、彼氏ができた!? 女好きの(「普通」の)男性に、「君は女としか思えない。だからこのまま付き合って欲しい」と言われた!? 「性転換手術のためにアメリカ行くかもしれんから、その前によかったらもう一度飲みたいな☆★」だと!? 思わず直人はこう返信する。「おめでとう(?)!変な話だけど、いまは彼氏とのHとかどうしてるの??」――「彼氏さんもアナルセックス超好きになっちゃったみたいだよ(∩∀`*)」

 「アナルセックス」という生々しい単語を見て、直人は笑った。大爆笑した――肩の荷がスッと溶けてゆくのを感じた。そして慌てて友人に電話をかけた。誰かに、伝えたかったのだろう。彼の携帯の発信履歴には、きっとこうスタンプが押されている。【2008年3月1日 15:17】。


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16 Responses to “mixiで知り合った女の子と一晩をともにした”

  1. smallpine Says:

    興味深いお話でした。およそ女らしくない女に生まれて、自分でも精一杯そういう立ち位置を続けようとしてきたので、こういう話は身につまされます。
    「はじめてセックスをするとき、彼氏の股間にチンコが生えていなかったとしても、彼氏を愛せますか?」
    胸に手をあてて考えてみましたが、付き合いだけなら驚きはするものの抵抗はない(むしろ逆に納得してしまうかも。何故惹かれたのか答えがある気がして)、結婚を考える相手なら、生物学的男性から男性不妊を打ち明けられたのと同じ意味合いに受けとると思います。つまり実子のこと以外は正直あまり関係ないというか。
    自分みたいなこじらせた人間が一般論を語る資格はないかもしれませんが、女は性的に受け身なので(『独身女性の性交哲学』的な意味ではなく、物理的な役割として)、社会的に男性の役割をしてくれる人であれば、体そのものはそんなに障害にならない気がします。要は最後の砦「駄目だ、勃起ない」ってことがないんですよね。

  2. smallpine Says:

    なんかすいません、不要な自分語りが入ってますね。はじめてコメントするサイトで無粋なことをしてしまい、失礼しました。

  3. saki Says:

    深い記事でした。
    考えさせられます。
    読後が爽やかでよかった・・・

    しるべえは吉祥寺店に行ったことありますが、渋谷にもあるんですね^^

  4. 匿名 Says:

    つ私が私であるために
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%81%8C%E7%A7%81%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB

  5. geust Says:

    私もクライングゲームという映画見て似たような事考えました。自分が惚れた外見と生物学的性とのギャップ。「男」とは「女」とはなにか考えてしまいますね。

  6. 匿名 Says:

    その島はロケットと世界遺産ですか?

  7. blowchin Says:

    当方男ですが、たぶんその日のうちにやったと思います。笑ってね。

  8. yo Says:

    アタシは、相手が女性であっても大丈夫な気がします。
    好きなものは好き。それでいいのかなーと思おう

  9. MT Says:

    間違ってしまうようなくらい女の子になる努力をしてる、
    もしくはなっている場合は状況によっては・・・と考えてしまいます。
    日渡早紀の悪魔くんの話を思い出しました。

  10. buddha Says:

    Genさんが前に書かれた「まなざされたとき」(http://blog.genxx.com/?p=161#more-161)という記事を思い出しながら読みました。自分が対象としてロックオンされた時、やはり恐怖に支配されるんだろうなぁ。

  11. kazoo Says:

    実は本当タイムリーな記事でした。ジェンダーについては留学時代考えたけど、ちょっと最近また色々考えさせられることもあり。

    自分は人として魅力を感じてしまって、そこにケミストリーがあればもしかしたらいけてしまうかもしれない。と思ったりもします。
    女らしさも男らしさも時代や文化が変わればまったく違うものになりかねないし、そういった理想も結局は一種の洗脳で、社会的に生き残ったモデルでは有ったんでしょうけど。結局自分を追及すればいいという結果にいたってます。

    タイのような国ではゲイとかバイとかはとても自然とされてますよね。それは自然界において、両性のもの、単一性のもの、あらゆる可能性が自然だから、同じ生き物として、受け入れるようです。

    でもバイでもゲイでもストレートでも。みんなそれぞれに孤独を感じながらも、自分をごまかさないで幸せになれるよう諦めず進んでいくしかないなぁなんて思った次第です!

  12. Gen Says:

    個別には応答できませんが、いろいろと考えさせられました。
    コメント下さった皆さん、どうもありがとうございました。

  13. sun Says:

    gayの方と性行為をした事がありますが,私(男)は自意識は相手を受け付けても身体は拒否反応をしてしまいました.
    これは経験した人じゃないと分からないですよね.
    彼とは破局しました.

  14. 今更ですが Says:

    拝読させて頂き、間違いがあったので指摘させて下さい。

    二丁目はゲイの街、KABA.ちゃんもゲイで、性同一性障害ではありません。
    セクシュアリティとジェンダーアイデンティティは別物です。
    間違った認識がこうして広まってゆく事は、当事者に取って由々しき事態だと思います。
    ベッドの上で拒否される事と同程度には。

  15. Passerby Says:

    興味深いお話しでした。読み物としてもよくできていたと思います。
    最後のコメントを読んで、そうかと思いましたが、
    性同一性障害は、物理的には男または女だけど頭の中は反対、だから自分の身体に異性の特徴がついているのが耐えられなくて性転換手術をすることが多い、っていうひとの
    ことですよね?
    ゲイは自分の性別には問題ないけど、性的欲求の対象として同性を好むってことですよね。
    間違っていたらただしてくたさい。

  16. キメ 写真の迷路 Says:

    […] mixiで知り合った女の子と一晩をともにした – plaisir.genxx.comイダースジャケットでキメた直人が、ゴキブリのように沸く人混みをかき分けて出逢ったのは、とびっきりの女の子だった。くりっとした垂れ目に、可愛らしいえくぼ。170cmはある身長に、ミニスカートからのぞく華奢な白い足がまぶしかった。芸能人でいえば、最盛期の伊藤裕子と…はてなブックマークより […]

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