2月 23

R0018728

Ricoh GX100 / Ikebukuro / Tokyo.

 ひさびさのセックス論。都立大(現・首都大)卒業後、性風俗業一本で生き抜いてきて、30代後半にしていまだに現役という山口みずかさんの書いた『独身女性の性交哲学』を書評します。海岸沿いを歩きながら頬を風でくすぐられたような、実に爽やかな読後感が残る一冊。ネット上にまともなレビューがまだないようだし、週末なので、かなり長い記事を書きます。セックスの生々しい話も多くて、示唆に富んでいますよ。

 私が風俗嬢という職業に魅力を感じたのは、女らしさを媚態していい男をゲットするという全人格を賭けての勝負をして、専業主婦になることを望まなかったからだ。中途半端にガリ勉で、男女平等を規範にしていたから、男性に養われること自体が、負けのような気がしていた。かといって、男性と同じ社会で肩を並べてばりばりやっていけるほどの能力も自信もない。バブルは弾け、就職戦線は女子に圧倒的不利。そんな時代のせいにするのは私の弱さだ。結局、逃げたのかも。「普通」の生き方から。女であることの価値を最大限に利用するには、性風俗業の女の子になるのが手っ取り早かったのだ。垢抜けない自分は、華やかな水商売にはむいていないが、セックス産業でなら働ける。(p.51)


■はじめに

 本書は、1.セックスに対する考察、2.恋愛に対する考察、3.結婚に対する考察という3本柱で成り立っている。ちまたにあふれている恋愛論の多くは、恋愛と結婚については雄弁だけれども、セックスについては口をつぐんでいる。なぜなら、セックスについて語るのは社会規範的に憚られることだと多くの人は感じているし、セックスの現場をつぶさに見つめてきた経験豊富な論者は数が少ないから。その点、山口みずかさんは、精鋭のセックス・フィールドワーカーと言って良いだろう。「風俗嬢は、男の本音をいやというほど知らされる(p.55)」。セックスに対する感覚を十分に研ぎ澄ますと、恋愛や結婚がどのようなものに見えてくるのだろう?

 「セックスは単純に楽しかった」「率直に気持ちいいものは気持ちいい、でいいのに」と彼女はいう。この一言を読んで、かつて「ある性のかたち」という記事に書いた(実は一時期付き合っていたことのある)女の子を思い出してしまい、彼女の姿と山口さんをダブらせながら本書を味わった。2人はとても似ているところがある。それは、「愛がないセックスは虚しいし良くない」「好きな人とするセックスが本物のセックス」というありがちな価値観に捕らわれていないところ。肉欲的なセックスはそれとして肯定して、セックスを愛に従属させない。この潔さが、2人に共通している。そしてそのようなセックス観に自分も深く共鳴することは、以前「可能性に満ちたセックスを構想する」という記事に書いたとおりだ。

■恋愛の6要素

 彼女は、『シングル単位の恋愛・家族論』という本を参照しながら、恋愛を構成する6要素は次のようなものであるという。これはかなり的確なまとめではないかと思う。

1.広義の知的関係要素(価値観が合う、一緒にいておもしろい、人間的に成長できる)
2.性的欲求合致要素(セックスの快楽が満たされる)
3.安定感満足要素(なじみがわく、孤独が回避される、安らげる、家族的きずな)
4.社会的地位達成要素(見栄えが良い、誰かに自慢できる)
5.生活便利要素(経済的なメリット)
6.激情ゲーム要素(恋愛神話を内面化する側面)

 「恋愛とはこれらの六要素を点数化したときの総合得点が高い時に発動する男女一体化幻想のことである。人によって、この要素のどこに重い比重をかけるかは異なる」。これは的確な指摘だ。そして、6.激情ゲーム要素が、それぞれ独立的には必ずしも恋愛独自ではない1~5を恋愛に統括する。つまり、「ご飯をおごってほしい(5)し、友達はみんな彼氏持ちなのにあたしだけ恋人いないとかヤバい(4)し、たまにはセックスしたい(2)し、癒されたい(3)し、彼氏と一緒にいるときは楽しい(1)し」…というように、本来5つの欲望が複合しているのが恋愛の真の姿なのだけれども、わたしたちは自分自身のエゴイスティックな欲望をきちんと直視せずに、「だって好きだから」(6)という言葉で己の欲望を正当化してしまうのだ。

 このように、「愛」「好き」というあいまいな言葉を隠れ蓑にして、自分の欲望すべてを無自覚に肯定してしまっている人が多いのだが、それはセックスの現場に端的にあらわれると山口さんはいう。たとえば、「愛のないセックスは良くない!」という言説に代表されるように。セックスの快楽を求める欲望は、肉欲的な欲望なのだから、「愛」という言葉でごまかさず、ちゃんと向き合おう、というのが彼女の主張だ。ここからが抜群に面白い。

■恋愛感情とセックスを切り離して考えよう

 ソープランドだと男性は基本的に受け身だ。お客様はただ寝てるだけというケースも多く、最初は戸惑ったものだけど、キスしてベッドに倒れ込んで愛撫するという一連の流れを、自分がリードする立場になってみると、男ってすごくタイヘンだってことがわかった。女がマグロでいて、パンツを脱がすところから前戯、挿入と、全部やってあげなくちゃいけない、できればイカして、しかもちんこも勃てて、自分も射精しなきゃっていうのはかなりな重労働ではないかと思った。

 女からすれば、欲望は男の方にあるから当然という前提かもしれないけど、女の子がして欲しいことと、男がしたいことにギャップがある場合、結局「あなたのセックスは自分本位」とかいわれても、欲望自体は自分本位なものでしょう。ちゃんとしたコミュニケーションとしてのセックスをしたくても、勃起と射精という目的のためには彼本位の欲望は手放せないのでは?

 そもそも、コミュニケーションとしてのセックスってなんだ?女の側の勝手な幻想の押しつけもあるのではないか。受け身で相手を吟味しつつ、「私を快感の渦に巻き込んで~」なんて期待しすぎではないか。

 女の性欲が受け身の「られたい」願望だから仕方ないのだろうか。好きな男には征服されたい、「あなたのモノになりたい」、ふたりでひとつになりたいって思うのは、女性のファンタジーだ。それは、男の側の、女をモノにしたい、モノにした女だから好き放題に扱っていいという価値観を対を成している。自分本位のセックスをする男をなじる前に、じゃあ、自分はどうされたいのかって考えてみてもいいんじゃないか。

 この指摘は鋭い。【受け身のままでわたしをまるごと愛して】という願望は、実は【俺の女は俺のモノだから好き勝手に扱っていい】という価値観と対を成している。両者は相補的だ。一方で「心のつながりがあるセックス(=愛のあるセックス)」を求めておきながら、実際には「受け身(=マグロ)」のままで快楽をむさぼるなんて、虫が良すぎるにもほどがある。セックスだけではなく、普通の恋愛の場面においても、これは当てはまる。「わたしをまるごと愛して!」と相手に丸投げしておきながら、にもかかわらず「わたしの望む形で愛して欲しい」なんて、甘え以外の何物でもない。「まるごと愛して」と言うならば、どのように扱われても(「おまえは俺様の所有物」扱いされても)文句はいえないはずだ。

 人間にはそれぞれの欲望があるから、誰かひとりと全部を合わせようなんてどだい無理な話じゃないのか。女なんだから、受け身でセックスするのが当然、みたいな女性に対しては、”エゴマゾ”という称号を授けよう。フェラチオは嫌いだけどクンニはしてほしいとか。あ、逆の男もやたら多い。ともかく、男がリードして当然という常識は疑って欲しいところだ。

 きっと、セックスで受け身でいるという既得権益を手放したくない女性が多いのではないだろうか。(中略)お互いのマグロ欲求をどうすり合わせていくかがコミュニケーションとしてのセックスなのかもしれない。でもそしたら、彼も彼女も一定の「技」をもってないと不公平じゃないだろうか。(157)

 基本的に性欲って、肉体を使って自分の幻想を満たそうとするものだ。どれが正しいとか、こうでなくちゃいけないという話ではない。ただ、いろいろな欲望の形があっていいんじゃないかってこと。そして、女子はまず自分の主体的な欲望のあり方を、自らに問うてみてはいかがだろうか。(中略)どうも「愛あるセックス」という幻想にみんな縛られすぎているようだ。それはセックスの一形態で、欲望を丸ごと代替できるものじゃないのに。(170)

 恋愛感情とセックスが分かち難く結びついている女性にとっては、「精神的充足」がセックスのすべてで、イケないことすら愛が足りないなんて発想になってしまう。あな恐ろしや。…もちろん男が献身的に頑張った結果イケるようになれば、そこに愛を感じることはあるかもしれないが、それは彼の愛でイッたのではなくて、肉体的な反復で神経回路ができあがったから。

 下手に愛を言い訳にすると、男が単にセックスしたくないだけなのが、「もう愛してないのね」となるし、要求を断れなくて「愛してるから我慢しなくちゃ」と、「お勤め」としてしなければいけなくなる。それもこれも、愛の名の下に自分の性を相手に手渡しちゃったからだ。気持ちよくなくても我慢するのは、「仕事」だからできること。愛のないセックスより、快楽のないセックスに問題があるんじゃないでしょうか。(127)

 セックスという行為は、学習しなければ身につかないし、その上にモラルやら嗜好やらいろんな幻想が張り付いているので、自分の身体本来の欲望に目を向けるのが困難なのだ。「大好きな彼と」っていう感情にすべてを負わせがちなのが現代女性だ。(177)

■男に対して幻想を抱かない

 彼女の魅力は、風俗の現場を通じていろんな男を見てきただけに、男に対して余計な幻想を抱いていないところだ。過剰な期待を持っていないから、男に対しても優しさ(フェアな視点)を持つことができている。

 男から女へは無理やりセックスをすることができるけど、女がその気のない男にセックスを強要するのは不可能に近い。早い話が、ちんこ勃たなきゃ話にならんのだ。ここにすべての問題が潜んでいる。(135)

 男の性幻想が萎えないよう、女は演じなければならない。いくら女が「私のすべてを愛して欲しい」といっても、人間的なおつきあいの中で生じる情愛と、セックスの衝動を呼び起こすための「記号」が乖離してしまえば、ちんこは萎えてしまう。それは、どちらかの責任とも言えない。私はさんざんそれにつきあってきた。(137)

 常連のお客様とのプレイの最中、彼からの他愛のない質問に普通に答えようとすると、「シラけるからもうしゃべらないで」ってよく言われた。戦闘モードを保つためのコードを外してはならないのだ。…男は自我を保つために正常な性交をを遂行する必要があって、そのために女は道具にならざるを得ないって事を身を以て体験した。これは風俗嬢相手だから特別という話ではないと思う。本質的な男の弱点では無かろうか。道具扱いされて傷つくよりも、男の子って弱いなぁって切なくなる。もしや、性差別のない社会はセックスレスにて人類滅亡か。(139)

 風俗のお客様とでさえ、セックスそのものを楽しむという意味での愛あるセックスはできる。この場合の愛とは、思いやりと言い換えてもいい。だから、恋愛感情だけがセックスと結びつくわけじゃない。ちゃんとちんこ勃ててこそ一人前というのはしんどいと思う。出張ホストならば「仕事」だから、勃たなきゃ話にならないけど、夫や恋人にそれを要求するのは酷じゃないのか。(143)

 作家の斉藤綾子が、セックスというのは趣味の一つで、例えばテニスが趣味の人たちが集まったのにラケットありませんじゃお話にならない、セックスでちんこ勃たないのはそれと同じ、論外、というようなことを何かに書いていた。男女が対等な関係でセックスしようとすると、男は不利なんだ。

■彼女の問題意識

 彼女はこうも言う。「お金持ちと結婚したいのも売春と大差ない(p.46)」。「自分を受け入れてくれることを求めるのは、愛じゃない。見返りを要求したとたんに、愛は欲に変わってしまう。みんな愛されたいばっかりに、自分の身の丈というものがわからなくなっているのだ。愛されてこそ自分に価値がある、愛されない自分は無価値、というわけではない。愛する能力こそ必要なんじゃないの(p.70)」。

 彼女は、このように女性自身にも厳しさを求めていて、「あたしをまるごと愛して」的な願望を激しく攻撃している。なぜか?それは、自分の人生を切り開くのは他ならぬ自分自身であるからだ。セックスの泥臭い技術にすら、自分自身でちゃんと向き合っていかねばならないのだ。彼女は基本的に、エーリッヒ・フロム『愛するということ』の枠内で論じているのだといえよう。愛の問題が、愛する能力の問題ではなく、どうすれば愛されるかという問題として捉えられてしまっている現状に、セックスを通して警告を発しているのだ。そして彼女の主張には、自分がつねづね提唱している「持続可能なエゴ」という概念がぴったり当てはまるように思う。

 「温かい家庭」も、頭の中ではいくらでも思い描けるけれども、現実には恋人や家族とまったく同じ幻想を持っていなければうまくいかない。自分の欲望をかなえることが一番の現代は、各々が各々の幻想に振り回されている。

 けれども、みんな価値観はバラバラ。みんな自分が一番大事。自分を大事にしてくれる誰かに愛されたい。その誰かだって、また同じように自分が一番大事なのだ。違う相手を受け容れる器がなくちゃ、うまくいくはずない。だから、自分が一番大事でも、自分さえ良ければ満足とはいかないのだ。他の人への愛と思いやりはやっぱり重要。自分を利する欲望と、他者への思いやりは相容れないわけではないはずだ。ただ、そのバランスをとるには修練が必要かもしれない。

 勉強はがんばれば成績が上がる、お金も働いただけ手に入るし、仕事にもよるけど、がんばって働いた分の評価はされる。稼いだお金を使えば欲しいものは手に入る。(中略)でも、人の気持ちは、がんばれば手に入るわけじゃない。他人を自分のものにすることはできない。自分が他人のものになることもできない。彼の女になりたいっていう情熱恋愛も、結局自分を満たす手段に過ぎない。人の気持ちは自分の自由にならない。

 思い通りにならない人間関係の、一番濃密な部分が恋愛感情だ。だから女がこぞって求めるのだ。思い通りにならないからこそ、憧れ、手に入れたいと努力する。競争に勝てば、いい男がゲットできるかもしれない。私を幸せにしてくれる王子様はきっといる。

 幻想ですよ。もちろん、夢物語を信じているだけで幸せならば、「そんなの幻だ」といって取り上げる権利は誰にもない。もしかしたら、幻想に振り回されることこそが、人生の醍醐味なのかもしれない。なにかに夢中になっているときには、それがウソでも構わないとすら思うものだ。ただ、これだけは忘れちゃいけない。自分を幸せにするのは、自分自身だ。どうしたら幸せになれるかは、各々の心の中に問うしかない。(224)

■おわりに

 「愛のないセックスは良くない」などという、一見倫理的なようでいて、実は「愛」というまやかしの言葉で自己中な欲望を正当化する発言を行うよりは、「セックスは肉欲!技術が必要!」と潔く認めた方が、よほど他者への思いやりに満ちているといえるだろう。”愛の本質は「なにかを育てる」ことにある”と語るエーリッヒ・フロムは、「愛とは技術である」と率直に認めていたではないか。恋愛を構成する欲望の6要素に、真正面から向き合って、技術を磨いていこう。

 自分の欲望を放棄して利他的になる必要はない。自分を幸せにできるのは自分だけだ。自分の欲望を肯定してくれない言葉は、すべてまやかしだ。たとえば「みんなでより良く生きる」なんていう倫理的な言説は、一見まともなようでいて、「愛のあるセックスが正しい」という言葉に似た気持ち悪さを抱えている。しかし、もちろん、自分の欲望の自己中さをきちんと自覚する必要はある。ごまかしてはいけない。自分がもっと気持ちよくなりたいというエゴイスティックな気持ちを直視し、そこを出発点として自分を開いていけば、おのずと「相手を育てよう」とせざるをえない。そして、このような「持続可能なエゴ」こそが真の「愛」の姿なのだという想いを、本書を読み、改めて強くしたのだ。

 興味の対象も目の前の男から、男という性、人間そのものというように、視野を拡げていけば、年をとることも怖くない。(p.227)

独身女性の性交哲学
独身女性の性交哲学
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山口 みずか
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4 こんど指名させてね
5 こういう切り口のものがあってもいいのでは


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23 Responses to “独身女性の性交哲学 / 山口みずか”

  1. edouard Says:

    “性”についてどんな語り方があるのかな、と考えていた時期に
    Genさんのblogに出会い、印象的だったのを覚えています。
    性や心理学(のようなモノ)について考える時、
    入り口が岸田秀さんだったので、今でも彼の影響が抜けないところがあるな、と
    自分でも感じるのですが、岸田秀さんの毒消しになるような一般書を
    ご存知でしたら教えてください。お願いします。

  2. Gen Says:

    edouardさん、ども。

    岸田秀の「毒消し」ですか。それならば、話は早いですよ。岸田さんは「人間は動物としての本能が壊れており~」といった主張から精神分析学的な恋愛論を構築していますよね?だったら、同水準に位置する人文学的思索にいくら巻き込まれたとしても、「毒消し」にはならない。むしろ、人間の「動物としての本能」を解き明かした進化論関連の科学書を読むべきです。

    つまり、おおざっぱにいえば、あらゆる事象は【1.科学的な「事実」としての水準】と【2.人文学的な「解釈」(理解)としての水準】というふたつの視点で捉えることができるのだから、「毒消し」のためには、まず科学的な「事実」にフォーカスして、その上で自分なりの「解釈」を深めていくやり方がスマートじゃないかな?と思います。

    恋愛が持つ(進化的論な)科学的側面をわかりやすくまとめたこの本は素晴らしい。いまならば、Amazonマーケットプレイスで、わずか136円にて買えるみたいです。

    愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史
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    5 人の恋愛行動を分析された名著
    4 これは狩猟文化圏で発生した論理
    5 恋愛を学問から見た本

    その方向の恋愛論に興味が持てたならば、次はぜひこの本を図書館で借りて読んでみてください。やや専門的ですが。

    恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)
    ジェフリー・F.ミラー 長谷川 真理子
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    5 人間性の発達に関して重要な仮設を提示している
    5 内容は文句なし!! ただし…
    5 芸術は性淘汰の産物なのだ

  3. edouard Says:

    >だったら、同水準に位置する人文学的思索にいくら巻き込まれたとしても、「毒消し」にはならない。むしろ、人間の「動物としての本能」を解き明かした進化論関連の科学書を読むべきです。
    もう、なんてゆうか、自分が求めているよりも深いレベルで「処方」していただいた感じで、ありがとうございます。
    もちろん“科学的な「事実」にフォーカス”を意図的に行ったとき、
    自分がどう感じるかなんて分からないし、
    予想以上に自分の中で“岸田さん的なモノ”が壊れていくのには
    抵抗があるだろうな、とは思うのですが、
    あまりにキレイに、スマートに「処方」していただいて、
    “そうかソコだったか”と、まさに目からウロコです。
    こんな事言うと、更に自分の愚かさ加減を露呈することになるんですが、
    こんなに簡単に岸田さんの毒消しが見つかるのか、と思うと、
    なんて言うんだろう、憎い舅の介護が、彼の死で終わりを迎えて
    何故か無力感に襲われる嫁の気分です。

    岸田秀さんの話なんて、ネット上でなければ、(恥ずかしかったり、なんなりで)
    する機会がなかっただろうと思うので、Genさんにはひたすら感謝です。
    僕みたいな頭の弱い人文系スノッブもどきは結構岸田さんの餌食になってるんじゃ
    ないかと思うので、世の仲間どもにこのやり取りを読ませてやりたいです(苦笑)。

  4. Gen Says:

    edouardさん

    >憎い舅の介護が、彼の死で終わりを迎えて何故か無力感に襲われる嫁の気分

    いつもメタファーが卓抜ですねw この光景を、この前リアルに目撃しました。共感するにせよ反発するにせよ、相手との距離感(差異)で自分のアイデンティティを定位していることには違いがないですよね、本当に。

    でも、科学書を読んで「事実」を知ったからといって、ただちに人文学的な大家を罵倒できるわけではない点にも、注意する必要があるかもしれません。岸田さんに「人間の動物としての本能は壊れていない!科学的事実はこうだ!」と言ったところで、かなり無意味なわけで。人文学的な歴史の蓄積だとか、解釈理論の精緻さだとかを無視して、いきなり「科学のモノサシ」から粗雑な人文学的解釈を作ったところで、誰も相手にしてくれません。というか、そういうことをやると、茂木健一郎が現在受けているようなバッシングを喰らう可能性が高いです。とはいえ、科学的「事実」は、貴重な清涼剤にはなりえます。「思い悩んだ舅は実は夫の母親ではなく赤の他人だった」というような話が展開されているわけですからw

  5. ヤリチン Says:

    ちなみにヤリチンです。女性経験300人くらい行ってます。AV男優ではありません。

    「恋愛感情とセックスを切り離して考えよう」

    と言う前に、

    「子孫を残す事と気持ちよさを切り離して考えよう」

    の方が前提の条件ですね。その後に「恋愛感情とセックスを切り離して考えよう」が来る。

    生物学的にチンコをマンコに入れるとお互い気持ちいいのは種の保存と繁栄の為に
    そうなってます。
    「避妊」という技術の開発と進化により、セックスによる種を繁栄させる責任と
    セックスによる気持ちよさを分離する事ができるようになったのです。

    もしセックスをすると常に子孫ができる可能性があって、それを育てる責任が発生したら、ほいほいとセックスできますか?遺伝子的に動物はより良いパートナーの子孫を残そうとする為、お互い相手を選ぶでしょう。

    「恋愛感情とセックスを切り離して考えられない」女性や男性が多いのは、もちろん
    社会の風習や洗脳も多々ありますが、遺伝子的に「セックスは本来、種の保存や繁栄の為の行為」であることを知っているからです。
    「恋愛感情」というのは古代の「お互い子孫を残したいと思えるより良い♂♀を探す行為」の現代版ですよ。
    まー、この言葉は非常に万能で、「欲望の隠れ蓑」にも使えるし、上記の責任や義務をこのライトな言葉で回避できる側面もあるから貴方が言ってるのも間違えでは無いね。

    でも、まず恋愛だのセックスだの男だのを語る前に、「セックスは肉欲!技術が必要!」だけを受け入れるんじゃなく、

    「子孫を残す義務や責任から逃げ快楽に流され、恋愛感情というよりライトな義務や責任からも逃げ快楽に流され、それを正当化する弱い人間」

    である事を受け入れなきゃだね。
    受け入れた上でヤリチン、ヤリマンならそれで結構、俺も受け入れてヤリチンだし。

    自分を守る事、自分を正当化する事しか考えてない奴に本質は掴めない。

  6. Gen Says:

    ヤリチンさん、ども。

    何に対する批判なのか(あるいは批判ですらないのか)いまいち文意がつかめませんが、生殖という進化生物学的な背景を持った切実さについては、自分も山口さんも、もちろん織り込み済みですよ。で、その上で、【「子孫を残す義務や責任から逃げ快楽に流され、恋愛感情というよりライトな義務や責任からも逃げ快楽に流され、それを正当化する」こと=「弱い/悪い」とは必ずしもいえないのではないか?】という話です。

  7. 404 Blog Not Found Says:

    書評 – 独身女性の性交哲学…

    改めて確認した。

    独身女性の成功哲学
    山口みずか

    体で勝ち取った言葉の強さを。
    長くて良質の書評はすでに「独身女性の性交哲学 / 山口みずか」と (more…)

  8. kazoo Says:

    めっちゃ共感!
    よんでみようと思います。

    自分の幸せは本当に自分に問うしかない!常に自分の心を聞ける人は自分しかいない!10人いれば幸せの形の10通り!

    セックスも本当それぞれしたいようにすればいいと思う。幻想を突っ切りたい人も、偽善を言ってる人も。 

    彼女は彼女の幸せを追求している!

    日本って結構 コントロール・フリーク天国 だと感じることが良くある。
    大まかに、マニュアルが必要な人とそうでない人がいて。
    マニュアルが必要な人が、そうでない人にやたらマニュアルを勧めるようなところがある。「これが幸せだ」と提示された枠の中で心地よい人と、自分流の幸せをとことん追求したい人。

    世の中、実は正しいも悪いもない!常に誰にとって正しければ誰に得なのか?誰の視点なのか?ということが隠れている。何かをコントロールするために。(まぁ社会が成り立つにはある程度の洗脳は必要だから仕方ないけど。結局突き詰めれば社会のValueって一種の洗脳だし。)

    マニュアルで満足な人はそれでもいいが、自分は一旦、自分をそこから解放して、自分は何を求めるか?何が本当に自分の幸せなのか。セックスを通じて自分のあり方を追求していきたいなぁ。(もともとマニュアル苦手だし。)

    「持続可能なエゴ」面白い表現ですね。
    「育む愛」次の課題かなぁ!!

    読んでて面白かったです!色々また考えました!
    ありがとうございます。

  9. kazoo Says:

    連続で・・・
    なんか色々考えさせられたけど、
    ただ、忘れてはいけないのは、自分が求めているところをはっきり見据えておくことかなと。愛なのか、欲なのか。
    相手はつねに心ある人間で、いかにビジネスであろうとも、人と人の係わり合いの中にあるということも。

    あぁ~人類永遠のテーマだね。

  10. cocoa*life » 書評: 愛するということ Says:

    […] 独身女性の性交哲学 / 山口みずか – plaisir.genxx.com […]

  11. 2週間ニュース at おもしろ Says:

    […] 独身女性の性交哲学 / 山口みずかレビュー おもしろかった。 […]

  12. TATU Says:

    セックスは愛がなきゃダメという風潮にメスをいれるという切り口は一つのそれとしていいけども、その言葉を生じさせているのは何かというと、それは女性側が「受身のセックスの既得権益を保持したいから」ではない気がする。
    セックスは愛がなきゃ云々というのは確かにある種の誤魔化し的なものは感じる。
    しかしその誤魔化しは何に対する誤魔化しかというと、既得権益ではなく、「別にしたくないのにしなきゃいけない(敢えて大袈裟に言うが)」ことに対しての誤魔化しなのではないかと思う。「愛あるとか誤魔化してないで、それはそれとして肉欲的なコミュニケーションを楽しもうよ」というのは分かるが、それには、「女性側もセックスを楽しもうとしている」という前提がさり気無く隠されている。そしてこの著者は、そういう女性であるから本人はそこに不自然さを感じていないけれど、そもそもそこに誤解があるのでは。
    つまり、そもそも、別に女性側は愛あるセックスとかなんとか銘打たないなら、セックスする必要性が基本的に無い。繁殖以外で。男性側との大きな違いはそこだろう。
    女性側としてはそもそも出発点として、別にセックスが不可欠というわけでもない。したくない人も普通にたくさんいるだろう。でもするのはなぜかと言えば、男性側が望むからである。もしくは恋人関係になったらセックスをするのが普通であるという価値観が、個人では抗いきれないほど「常識」と化しているからである(その常識が、男性の欲望を主として作られているという意味では同じ事だが)。誤解を招くのを覚悟で敢えてこういう言い方をするが、要するに「男性が望むから仕方なく」やっているのである。それに応えないと恋人同士にもなれないし結婚も出来ないのだから。その時点でつまり行為をする時点で既に男性側に1歩譲っているのである(少なくとも女性側の感覚としては)。となれば、受身になったり、マグロのまま「気持ちよくさせてよ」という態度になるのも納得であろう。そしてその「仕方なく」を誤魔化す為、「愛あるセックス」といういいわけが必要になってくるわけだ。
    「愛あるだのなんだのいうのはやめて技術磨いて肉欲コミュニケーションしようぜ!」というのは、男性側も女性側も両方セックスを積極的に楽しむ気満々、性欲満タン状態で初めて成立するものであって、テニスのようにゲームに例えて言うならば、そもそも女性側プレーヤーは、このゲーム自体そこまでする意欲がない。技術を磨いてまでする気は、そもそもないのだ。女性側は何もしないまま、男性側が喜ばせてくれるという条件があるから彼女達はかろうじて参加しているに過ぎない。そんな状況で、男性側が女性側を喜ばせない、自分本位なセックスをしたならば、そりゃ女性側は怒る。その条件が満たされないなら、女性側としては、何のメリットも無いのだ。というより、そもそも別にしたくないものを、条件があることでかろうじて参加しているわけで、その条件さえ守られないなら、女性側から見たら馬鹿げた話にしかならないわけである。
    この著者はなまじ自身がセックスを積極的に楽しみ、好んでいるタイプなためそんな一般女性の前提となる心理を把握しきれていないのだろう。

  13. Gen Says:

    TATUさん、はじめまして。

    >「愛あるとか誤魔化してないで、それはそれとして肉欲的なコミュニケーションを楽しもうよ」というのは分かるが、それには、「女性側もセックスを楽しもうとしている」という前提がさり気無く隠されている。

    「さり気なく」ではなく明白に前提とされています。むしろ、その前提をしっかりと見つめよう、というのが著者(ないし自分の)主張です。女性側がセックスを楽しもうとしていないとなぜ言い切れるのでしょう?

    >そもそも、別に女性側は愛あるセックスとかなんとか銘打たないなら、セックスする必要性が基本的に無い。繁殖以外で。男性側との大きな違いはそこだろう。

    1.男性も女性も基本的にはセックスをする必要がある。なぜなら、セックスをしなければ子孫(遺伝子)を次世代に残すことができないから(「生存」と「繁殖」が人間の活動における2つの大きな原動力なので、「繁殖」をバカにはできませんよ)。男性・女性に関係なく、人間はセックスに一定の快楽を感じ、またセックスを求めるように進化してきた(セックスを徹底的に嫌う女性は進化的に淘汰されてきたでしょう)。また、「繁殖」という<目的>から分離して、「セックス」という快を生む<手段>それ自体が一人歩きするのも進化的にはよくあること(たとえば「生存のために食事する」はずが寿命を縮めるほど食べ過ぎてしまう人達がいるように)。つまり、「女性は男性が求めないかぎりセックスをする必要がない」という命題は、もちろん個人差はあるものの、一般的傾向として考えれば大きなウソ。

    2.もちろん大まかな男女差はおそらく存在する。というのも、一人の子供を出産する場合に必要とされる時間的コストが、男性の場合には(射精に至るまでの)30分程度で済むのに対し、女性の場合は妊娠してしまい1年程度かかるので。したがって、男性は「数を打てば当たる(可愛い女の子とは誰とでもセックスしたい)」戦略を取るのに対し、女性は「相手をしっかりと吟味してからセックスする(「愛」がなければセックスしたくない)」という、一般的傾向が存在するのかもしれない。

    3.とはいえ、「女性は純粋な性的欲望を持たない」「女性にとって<ただのセックス>は何のメリットもない」という言説は、きわめて抑圧的なものだ。何より女性にとって悲劇的なものだ。なぜそう言い切れるのだろう?もし肉体的欲望をむさぼる女性がいたとしたら、彼女は非難されるべきなのだろうか?お金のためではなくセックスそれ自体が好きだからAV女優になった女性は咎められるべきなのだろうか?女性はセックスを「男性が望むから仕方なくやっている」という考え方は、「女性は純潔であってほしい(あるべきだ)」という男性側の時代錯誤的な願望の裏返しではないだろうか。なぜ女性の欲望を否定してしまうのか?

    >この著者はなまじ自身がセックスを積極的に楽しみ、好んでいるタイプなためそんな一般女性の前提となる心理を把握しきれていないのだろう。

    「一般女性」とはなんだろう。「女性」を一般論として語ることの抑圧性にこそ留意すべきだと思う。セックスそれ自体を好きな女性も数多くいれば、セックスは基本的にはあまり好きではない女性も数多くいる。おそらく大事なのは、いま自分の目の前にいる女性がどのような価値観を持っているか(個人差)をしっかりと凝視することであり、先入観や既成の道徳観によって「女性とは○○だ」と決め打ちしないこと(そういう生き方もあるんだ!と想像力を働かせること)が最低限のモラルなのではないでしょうか。

  14. Teさとう Says:

    (原作は未だですが)一読して、私自身も考えさせられたと言いますか、今までしてきたことは何だったのか・・・迷いが生じています。

    だた、一言だけ言えるのは、昔に比べると、男も女も「個」と言う概念が強く出て来ているような印象を受けます。二人で何か・・・ではなく、先ず自分があって、それから・・・みたいな感覚なのではないでしょうか。だから、男女の間のギャップと言うものが、どんどん大きくなってしまうのかな?と感じてしまったのですが。

  15. Gen Says:

    #Teさとうさん

    お返事が遅れてしまい申し訳ありません.歴史的に「個」という概念が強くなってきていること,いいかえれば「個人化」とでもいうべき現象は,確実に起こっているのだと思います.通説的な理解をすれば,戦後の高度経済成長を経て,人々は高い物質的生活水準と(国家による)社会的保障を獲得し,伝統的な階級の縛りや家族による扶養から解放され,「個」の意識を強く持つに至った,ということになりましょうか.

    この「個人化」の過程は,当然のことながら,正しい/あるべき恋愛のカタチを定める社会的規範の圧力をも弱めることになります.恋愛のカタチが,かつてのように(自己犠牲を強いる社会規範によって)与えられるものではなく,それぞれが自ら選び取るものに変わってきたのでしょう.過去と比較した場合に「ます私ありき!」が目立つ…というのは,以上のような歴史的背景を踏まえ,必然の流れなのかなと私は思います.

    個人の選択の自由が増えることは素晴らしいことだと私は考えています.しかしこと恋愛の場合,自分の選択や決断が他者(恋人)に大きな影響を与えることになります.恋愛の自由が増えるにしたがって,(自由と表裏一体の存在である)責任も増えているはずなのです.ところが人間はそのことをなかなか想像できない.もちろん,私も含めてです.

    エーリッヒ・フロムの言う「愛は与えられるものではなく与えるもの」という言葉を,「自分の好きな恋愛カタチを選び取る自由が増えたのだから,その分恋人に対する責任も増えているんだ,だから相手に対する想像力をもっと働かせなきゃ」という意味において解釈することが,今,もしかしたら可能なのかもしれませんね.

  16. 雪風 Says:

     正直、身体を汚しきった女の精神的自己防衛にしか見えない。

     好きでもないうす汚いオッサン達に性交されるのはただひたすら苦痛であり、そうやって蹂躙されてきた惨めさをかき消したい一心で綴られた悲壮の巻だ。

     本能ではセックスに愛を従属させたいし、本当はセックスが愛に従属することを熟知しているのに必死で否定してついには一冊の本にしてしまった…という貞子の念写ビデオ並の執念を感じる。

     セックスが愛に従属するという自分の中の真実を認めたとたん自己崩壊するからだろうな…。もう痛々しすぎて見てられないよ。自分の心の中の真実は、やっぱり変わらなかったんだろうな。
     本心とは全然違う、こうであればいいのに、みんなこう思ってよ、という願望がひたすら書いてあるよ。

  17. haruo Says:

    個を強調しちゃうのは、本人の弱さから来る防衛本能から来ているのかな?
    この本の話を消化して、次世代の家庭を築いて欲しいなあ。
    絶対的なものはないし、不安・不満・悩み・恐怖から逃れなれないのだから。

  18. シャボン玉 Says:

    Haruoさんがいうように、本人の弱さから来る防衛本能から来ているのかな?率直に言って、そう思います。
    とはいえ、よくも自分自身をさらしてまで告白してくれた、と感心します。
    あっ、私、『独身女性の性交哲学』は読んでいませんけど、Genさんの真面目な問題提出が面白かったし、エーリッヒ・フロムは大好きであるし‥とりあえず、私、女であるからコメントさせていただきます。
    まずは、私、岸田秀は雑駁すぎるので、やや嫌悪しています。

    また、男の立場には、いたく同情しています。男の弱さについては稲垣足穂が「少年愛の美学」でズバリ言い当てていると思います。そこでは『A(アヌス)感覚』というものの抽象性を圧倒的な哲学で書ききっているといっても言い過ぎではないかも。つまり、30億年という生命の歴史に照らすと、オスという役割は、すでに女性の遺伝的な系譜から逸脱して久しく、道具、戦争、機械、コンピューター‥‥を作り出して、男性自身を抽象化しなければやっていられないという酷薄な事実を見事に言いあてていると思います。それは、ホモセクシャルという限定的な関係をこえて、やがては「ハイパー・ジェンダー」という時代がやってくるだろうと予言までしているのです。
    『アンチ・オイディプス』でも、男と女というものも、実は凹凸の違いだけであり、「これであれ、‥‥あれであれ」その欲望は似ている、人間は癒しがたい欠陥物であり、「欠如に対する大きな恐怖に中に一切の欲望を投げ込み動転させる」ために幻想の領域に逃げ込むといっています。私はこれを知って溜飲がおりました。
    肉欲は両性とも優劣つけがたくあるとしても、生命の誕生とのかかわりのために女の闇の方がやや強いかもしれません。自然の摂理によって女はよりエゴイスティックになっていくのでしょう。とうてい観念によって男が勝てるものではありません。だから「国家」を経営したいし、「戦争」で勝ちたいたいし、また、その証明のために戦場では女性をレイプします(醜悪!)。とはいえ、フェミニズム論者にはこのあたりを直視していない愚かさがついて回っている、と私は考えます。性の歴史としてみれば男は可哀相な存在でしょう。何も無い袖振ってまで女を喜ばせなくてもいいし、また「男らしさ」を権力や金で手にいれようと、やせ我慢しなくてもいいのでは?
    両性とも、自分自身の「欲望」に素直に向きあったらよいと思います。山口みずか氏は、バタイユの「エロティシズム」は読んだのかしらん。「われわれ人間は不連続の存在であり、不可解な偶発事のなかで孤独に死んでゆく個体であるが、失われた連続性への郷愁をもっている」。つまり、生の本質はそもそも過剰であり、人間は絶望や孤独や「死の不安を乗り越え」たいからセックスするのだといっていると思います。そこにエクスタシーの体験がありうると、私は独善的に思うのです。だから、まぁ、めったになくて当たり前でしょう。また、こうも言っています。「性交における人間の美は、最も純粋な人間性と、器官の醜い動物性の対立を生じしめ‥‥」と。『売淫』についても哲学的に考察しています。
    私が気になったのは、山口みずか氏の挑戦は評価しますが‥‥人間存在の謎について、深く深く考察したのかな?という疑問です。読んではいないものを、すみません。ですがGenさんの解説から読んだ気になりました。そうして、実は、世間に男におもねて書いたのでは?と感じてしまったのです。

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  21. 30代独身男性 Says:

    こんにちは^^

    すごく興味の沸く本ですね。
    思わずじっくりと文章を読んでしまいました。

    セックスの話は誰とでも簡単にできる話ではありませんし
    いろいろと勉強になりました。

  22. hajime Says:

    SEXが何だというより、
    性行為は子供を作る為にする。
    子供達の事を大切にする為に
    性行為についても語れば良いと
    思いますよ。

  23. 女が貞淑を通しているのは恐れのためであって、自分の本心ではない。(6) - 増田まとめ Says:

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