2月 21

DSC_2279
Nikon D40/ Ishikawa pref.

 はじめはブラウザーのブックマークからお気に入りのサイトを訪れていた。次に、はてなアンテナを試した。そして現在、いわゆるRSSリーダーと呼ばれる情報収集ツールを使うようになった。たしかに、情報収集効率が飛躍的に上がった。しかし同時に、「しんどさ」も増えたと思う。RSSリーダーの特異な点は、「未読記事数」という形で強烈なノルマを課してくることだ。放置すれば未読数が増えるし、未読数が増えるとイライラする。そしていつの間にかネットブラウジングに膨大な時間を消費するようになっている。これは率直にやばいよね、といつも思う。

 根本的なところに立ち返りたい。「タダで(ネット上に)書かれた文章はあくまでそれなりのもの」。これは誰が何と言おうと大原則だ。1冊の本を書こうとするならば、著者と編集者は、膨大な時間と労力を投入する必要がある。ネット上に文章を書く場合とは比べものにならないくらいに。逆にいえば、本を読めば、わたしたちは誰かが費やした膨大な時間と労力を効率よく吸収することができる。つまり、読み手にとっては、ネット上の文章よりも本に書かれた文章を読んだ方が、圧倒的に時間対効果(得られる知識 / 使った時間)が高い。

 ネット上に優れた書き手はたくさんいると思う。でも、彼(女)らが綴った文章に「すげーなー」と感嘆しても、決して、自分がそのような文章を書けるようにはならない。ブログはあくまでエンターテイメントだ。もし本当に成長したいのであれば、正しい戦略は、RSSリーダーで誰かのブログを読む時間を大幅に削減して、ただひたすらに本を読み続けること。そして経験を積むこと。ブログを読むのではなく、優れたブログの書き手が持っている知識なり思考の枠組みなりを支えている書物それ自体を読まなければ、そしてブログの書き手が経験したイベントそれ自体を経験しなければ、絶対に次の場所に行けない。優れたブログに書かれている文章は、馬の前にぶらさげられたニンジンであって、馬はどこまでいっても、ニンジンを食べることなどできやしない。

 誰かのブログを読む行為が持つメリットは、もちろん例外はあるものの、主に次の2点に絞られると思う。1.即時性(タイムリーな情報を収集できる)。2.心情的癒着(楽しさ・共感・モチベーションアップにつながる)。

 「あるブログの文章が優れているからそのブログを読む」、という行為は成り立ち得ない。繰り返すけれど、なぜなら、多くの場合、あるトピックについてブログに書かれた文章を読むよりも、そのトピックに関連する書物を読んだ方が、時間対効果が高いから。1.即時性(情報のタイムリーさ)という点をのぞけば、ブログを読むメリットは、2.書き手への心情的癒着に集約される。役立つからではなく、ブログの書き手が好きで、ブログを通して自分のモチベーションが何らかの形で奮い立たされるから、そのブログを読むのだ。わたしたちがブログに求めるべきものは、共感、楽しさ、刺激であって、役立ちでは決してない。感情的・物語的な快感をもたらしてくれないならば、ブログを読む意味などない。もちろん、即時性という点をのぞけばだけれども。

 アーティストのNeil Youngは、ベルリン映画祭における記者会見で、記者の「音楽で世界は変えられないのでは?」という質問にたいして、「音楽が世界を変える時代は過ぎ去ったのだ」と答えた。この発言に、世界が動揺し、いくつかの強烈な批判が飛んだ。その批判に対し、彼はこのように応じた。「どんな歌であれ、ただひとつの歌だけで世界が変えられるわけではない。しかし、それは歌をうたうのをとめる時だということを意味するものではない。」「革新の時代にあっては、人々を動かす燃料が見つからなくてはならない。これこそが最大の難関だ。」「ぼくは知っているのだ。答えが歌などではないことを。おそらく答えが歌だったことがなかったわけではない。しかし、今いえるのは、それは歌ではないということ。答えは、行動であり、なにごとかを成し遂げることであり、隠されていたものが明らかになることであり、新しい道(生き方)なのだ。ぼくは今も人々を動かす燃料となるものを探し続けている。ぼくにそれが見つけられるだろうか? できる。自分には見つけられると、ぼくは思う。」(参照

 ブログは無力だ。少なくとも、自分のブログは無力だ。いつもいつも、自分が綴った役立たない文章を読んでくださっている方には、本当に申し訳なく思うし、同時に、心底感謝している。だから、せめて「歌」を唄い続けたい。誰かを奮い立たせることができるよう、ささやかな「歌」を奏でたい。歌心を忘れたとき、それが、ブログを閉じるときなのだと思う。


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5 Responses to “歌を奏でるしかない”

  1. Katsuya Imura Says:

    はじめまして。御blogをいつも楽しく見ています。
    僕もgoogleリーダーなるもので巡回しています。

    僕自身、blogを読むのも書くのも
    時間の浪費と感じることは少なくありませんが。
    でもこのエントリーが素晴らしいので
    これを読めて僕はラッキーだと思います。以上、ご挨拶まで。

  2. edouard Says:

    >わたしたちがブログに求めるべきものは、共感、楽しさ、刺激であって、
    役立ちでは決してない。
    全体を一読して違和感があったので、再び目を通すと、「べき」の文言が。
    そうか、「べき」か、と微妙に寂しいような感じがしました。
    姪をあやすために一緒にムーミンを観ることがあるのですが、
    そこでスナフキンが、自分を敬愛しているといってまとわり付くイタチ(?)に
    「だれかを崇拝することは、自分を貶めることだよ」といった主旨のことを
    言っていたのを思い出したりしながら読みました。
    僕にとってGenさんの「歌」は、生活の中での大切な一部ですと、
    なんていってみたりして帰ります。

  3. Gen Says:

    >Katsuyaさん

    はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    Katsuyaさんのブログを通してAnchorsongを知りましたが、いいですねぇ。
    もしかしたら音の趣味が近いかもしれませんね。いつか何かのイベントをご一緒できたら、と思います。

    >edouardさん

    いつもコメントありがとうです。
    うーん、「崇拝」というのは、読み手が書き手を「崇拝」するということでしょうか?
    自分が伝えたかったのは、

    1.「役立ち」(知識の吸収)を求めるならば、ブログは時間対効果が悪いので、本を読んだ方がマシ
    2.とすれば、ブログを読むメリットは、別のところにある
    3.それは、書き手と読み手の間の感情的つながりをベースにした、人間関係だ

    ということです。言い換えれば、「たとえ役立ちそうな情報が書いてあったとしても、リアルに出会ったときに友達になりたいと思う人以外のブログを読んでも、あまり意味がないのではないか?」、と。たとえば、edouardさんは友人を「崇拝」しているわけではないと思います。緩やかな信頼関係がベースにあって、時に共感したり、時に反発したりするはずです。友人があるトピックについて語るとき、多くの場合、そのトピックについて書かれた本の内容よりは「浅い」話を耳にすることになります。それでもわたしたちは、友人から大きな影響を受ける。なぜなら、友人と感情的な負荷の高い人間関係を結んでいるからです。ブログもそのような「人間関係」をベースにしなければあまり意味がないんじゃないかな?とふと思ったわけです。もちろん、「べき」というのは言い過ぎかもしれないですけれども。

  4. edouard Says:

    >書き手と読み手の間の感情的つながりをベースにした、人間関係だ
    力点がそっちでしたか、腑に落ちました。
    「崇拝」についてですが、Genさんの書かれる文章(内容と語り方)って、
    “啓蒙に飢えてる、啓蒙されたがってる”人達にとって、
    すごく魅力的なんだと思うし、自分はそう感じる所があるんです。
    いわば“スナフキン”、というか。
    でも<憧れられる-憧れる>関係のままじゃ、何時になっても、
    “スナフキン”と同じ場所で話すことができない。
    そういう寂しさ、みたいなのを読みながら思いました。

    例えば、Genさんが本エントリで伝えたかった事を横において、
    ただ、“あの文脈で、他でもないGenさんが”「べき」という言葉をつかった、
    というコトだけで、こう、色々考えさせられるわけで、
    その意味でもホントに、聞き甲斐のある“歌”だな、と。

    なんか野暮なコメントをした気がしてきました(苦笑)。
    またの更新、楽しみにしています。

  5. Katsuya Imura Says:

    Genさんのblogの音楽のエントリーを見て、勉強させていただいてます。

    関西の人間ですので、限られた機会になるかもしれませんが、
    なにかイベントでもご一緒できれば光栄です。

    横から失礼します。
    本エントリーの素晴らしい言葉を
    拙く言い換えただけかもしれませんが。

    僕にとってはblogの価値は
    「書き手との距離の近さ」にあると思います。

    日記としてのブログ(今日ラーメン食べた~etc)はともかく、
    本エントリーのような文章において、
    何となく書き手のGenさんの価値観が見えるような気がして楽しいのですね。

    読み手である僕は(おそらく誤解ではあるのですけど)
    Genさんという人間を想像し、理解できる気がすることが喜びです。

    本で大切なのは内容であり、
    読書では「そこから何を学ぶか」が重要になりますけど、
    blogでは書き手の温度に共鳴できれば、
    むしろ「何が書かれているか」はどうでもいいことなのだと思っています。

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