1月 08

R0019113
Ricoh GX100 / Nagoya.

 「それはあんたが悪いよ、常識的に考えて」と彼女は言った。「なんでわかってくれないの?あなたの将来を思って言ってるんだから。わたしは絶対に間違ってない!」と彼女の飛沫が飛んだ。ふぅ。恋愛ではしばしばバトルが繰り広げられる。自分の意図に従って相手を方向付けようとする。だれもが自分にとって居心地の良い(comfortableな)状態を作りたい。だから、自分にとって居心地の良い態度・振る舞いを相手がしてくれるように、仕向けようとする。電話の回数といった些細な問題から、将来に関する意志決定という根本的な問題まで、大小さまざまな闘争が実行される。

 「自分のためじゃない、相手をのためを思って言っている」とあなたは主張するかもしれない。けれども、なぜ「相手のため」にもの申すのかといえば、あなたが相手の行動に対して違和感を感じるからだ。あなたが不快に感じる何かしらのことがあるから、その不快を修正するために、「相手のためを思って」進言するわけだ。自分の意図に従って相手を方向付けようとする場合、「相手のため」にそうするのか「自分のため」にそうするのか、境界線はかぎりなく曖昧だ。ある命令やお願いが「相手のため」なのか、「自分のため」なのかは、原理的に決定できない。二人の言説バトルの結果、事後的に決まるに過ぎない。二人は、倫理や通念や常識や道徳といったものをリソース(資源)として密輸入しながら、自らの発言の正当性を賭けて相争うだろう。しかし、より根本的なのは、二人はつねにすでに言語的闘争の中で戦っているという事態だ。つまり、恋人たちは権力の磁場の中にいる。


 では、恋愛の場で働く権力とはどのようなものなのだろうか。社会学者のルーマンは「権力」を「世界の状態を自分の意図に従って変えていくことができること」と定義した。その下位概念が「影響力」であり、「影響力」とは、「サンクション(制裁)への見込みを与えることを介して、他者が、もしそれがなければ行わなかったであろう何かを、その他者に行わせることができる場合に成立する能力」とした。さらにルーマンはこの「影響力」を3つの下位形式へと分化させた。

 1.ネガティブなサンクションに依拠した影響力。これは「わたしに従わなければあなたを罰しますよ」という、いわばアメとムチでいえばムチに当たる影響力だ。この影響力は事実として行使される必要はない。いやむしろ、この影響力が行使される場合、この影響力がうまく機能していないことになる。(たとえば、国民皆が警察官に刃向かい、警察官が国民を片っ端から逮捕しなければならないとしたら、警察の影響力はうまく機能していないことになるだろう)。ちなみにルーマンは、「政治システム」を想定しながら、この影響力を描いた。

 2.ポジティブなサンクションに依拠した影響力。これは「わたしの欲している行為を実行すればあなたはポジティブに報われますよ」という、いわばアメとムチでいえばアメに当たる影響力だ。ちなみにルーマンは、「経済システム(貨幣)」を想定しながら、この影響力を描いた。この会社のために働いてくれればお給料をあげますよ、というように。

 3.「不確かさの吸収」に依拠した影響力。これは一般的にはいわば「権威」として扱われている影響力だ。「よくわからないがこの人の言うことならば正しいだろう」といった具合に。つまり、伝達された情報の内容の適切さにもとづき妥当性を判断させるのではなく、自分への「信頼」にもとづき妥当性を判断させてしまうような影響力のこと。詳細は註を参照 1)ルーマンの想定する「権威」とは、コミュニケーション過程のそれ以降の経過の中で、その前に行われたコミュニケーションがすでに達成された成果とみなされ、その後の、当該コミュニケーションがおこなわれる際にはもはや、その前のコミュニケーションについてそれ以上問題視されなくなるということ。
。不確かさを、ある判断がなされたことについての問い合わせを不必要にする形で「吸収」することのできる者が、権威を享受する。「この人の言うことなら吟味抜きに受け入れてOK」との想定が働くから、スムーズなコミュニケーションが成り立つ。ちなみにルーマンは、専門家と一般人のコミュニケーションを想定しながら、この影響力を描いた。

 さて、恋愛関係にルーマンの権力論を援用してみよう 2)ルーマンを学術的に正確に援用するわけではなく、物書きの補助線として利用させてもらいます。 。恋愛の磁場においても、3つの影響力が見事に作用していることがわかる。「じゃあ別れる」という切り札が、「1.ネガティブなサンクションに依拠した影響力」を構成している。相手に振られたくないから、わがままをある程度抑えようと思うわけだ。実際に別れてしまったら、この影響力を発揮させる余地は残っていない。つまりこの影響力は行使されないままに抑止力として作用する必要がある。

 自分に尽くせばあなたの生活を援助しますよという金銭的影響力、自分が望む関係性を維持すればセックスを許可しますよという生物学的影響力、優しくしてくれればこっちも優しくするよという影響力などが、「2.ポジティブなサンクションに依拠した影響力」を構成する。

 そして実は、恋愛をきわめて豊かにしているのが、『3.「不確かさの吸収」に依拠した影響力』なのだ。ルーマンが権威を論じたとき、そこでは「専門性」が想定されていた。よくわからないが、宮台真司が言っているのだから正しいのだろう、といった具合に。権威は、a.自分を信頼させることを通じて、b.自分の発言(や行為)の根拠を可能な限り吟味する行為を停止させ、c.自分の発言(や行為)を受け入れさせる、d.したがってコミュニケーションは円滑に進行する、という特徴を持っていた。恋愛における「権威」はこう読み替えることができる。a.自分を「好き」と思わせることを通じて、b.自分の発言(や行為)の根拠を可能な限り吟味する行為を停止させ、c.自分の発言(や行為)を受け入れるさせる、d.したがってコミュニケーションは円滑に進行する。つまり「信頼」が「好き」に置き換わった。

 ルーマンは、不確定性に満ちた現代社会では、「権威」はもはや成り立ち得ないとした。すべてを見通しながら「存在」を語ることのできる特権的な視点は成り立ち得ないとした。たしかにそうなのだろう。「大きな物語」は死んだ。宮台真司や斉藤環や東浩紀やジジェクが語る言葉だって、あらゆる真実を見通したものでは決してないし、どこか白々しい。

 だが、恋愛という磁場では、特権的な「権威」が許される。というよりも、「権威」こそが、恋人の存在を特権的なものにしている。自分にとっての世界の不確かさを相手が吸収してくれる。相手に対して特権的な視点を許し、そして自分が相手に対して特権的な視点を持つことができる。自分をすべて見通せて、自分を定義する力をすべて委譲してしまう。お互いに。そのことによって、他者には入りがたい世界ができあがる。

 「権威」が一番気持ちがいい。行使している方も、行使されている方も。振られたくない(1.ネガティブなサンクションに依拠した影響力)からでもなく、お金やセックス(2.ポジティブなサンクションに依拠した影響力)のためでもなく、『あなたのことが「好き」だから○○をしたのよ』と言いたいし、言われたい。自分にとって不確かな世界をまるごと見守り方向付けてくれる…

 元来、人間は、自分の世界を定義する力をまるごと誰かに委ねることが好きなのだと思う。彼女が彼氏に酔っている姿は、右翼が天皇の「権威」に酔っている姿とそれほど違いはない。恋人たちは権威主義者だ。でも、恋愛は、専門分化したこの世にあって、まるごと「権威」に酔うことが社会的に許される希有な場だ。だからこそ、感情的な動揺を強く与えてくれる。「権威」の与え与えられゲームが恋愛であるにちがいない。そして、そういう場がこの世に残されていることは、とても幸せだな、と素直に思うのだ。

References   [ + ]

1. ルーマンの想定する「権威」とは、コミュニケーション過程のそれ以降の経過の中で、その前に行われたコミュニケーションがすでに達成された成果とみなされ、その後の、当該コミュニケーションがおこなわれる際にはもはや、その前のコミュニケーションについてそれ以上問題視されなくなるということ。
2. ルーマンを学術的に正確に援用するわけではなく、物書きの補助線として利用させてもらいます。

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