DJ選曲術 / 沖野修也
久々の書評です。「クラブDJからiPodユーザーまで~DJプレイやミックスCDの質を向上させる世界初の選曲ガイドブック」と銘打たれた、2005年11月に出版されたこの本は、結構売れたみたいだけれども、本著での、沖野さん(Kyoto Jazz Massiveというグループ、あるいは渋谷にあるThe Roomというクラブを主宰していることで有名)の姿勢は、見事なまでに一貫しています。
端折って言えば、沖野さんがショボいと感じるDJが跋扈している現状に、怒りをおぼえ、その状況を打破するために、「優れたDJ」を選別する基準を作ろうとした。「優れたDJ」を見分けるなんらかの基準を作るには、知的な態度を取り、選曲に対する客観的な分析を行わざるを得ない。これまで体系的な理論などまったく存在しなかった、選曲という分野を、手探りで考えてみよう…ということです。この本の一番の醍醐味は、ある学問分野が誕生するその瞬間につねに光り輝いていたであろう、みずみずしい萌芽の息吹を、DJ(選曲)という分野において、感じ取ることができる点。この本は、優れて、「選曲」についての科学が誕生する瞬間のドキュメントなわけです。そのエネルギーは手放しで評価したい。
それにしても本当に学問の作法に似ていて驚きますね。雑多な事実(facts)から、帰納法的に法則を導き出す、いわゆる「質的調査法」を、選曲という分野で見事に実践されているわけです。この本は250ページあるけれども、理論解説部分が前半120ページ、後半の130ページは(文化人類学でいうところの)フィールドノーツになっているわけです。(著名DJのmixを具体的に取り上げて、前半部分で確認した理論を、実地に検証している)
面白いのは、「俺様がしょぼいと思う奴がのさばってるのが気にいらねぇ!」というエゴイスティックな気持ちが、結果的に<公正さ・フェアネス・透明性>を志向する客観的な分析を生み出しているところ。振り返ってみれば、「あのアホが世界を語るのが許せない!」という、(一見学問と対極にあるような)俺様志向の怒りが、哲学や科学をも、大いに発展させてきたと思うんですよね。
■選曲も創造的な行為なのだ
そもそも、「選曲」という行為の価値が、一般的にはあまり理解されていない気がします。考えてみてください。ある1冊の本を読むとします。村上春樹の短編と谷川俊太郎の詩が同時に収まっている1冊の本、あるいは、村上春樹の短編と浅田次郎の短編が同時に収まっている1冊の本があるとする。村上春樹の短編は同じものだとしても、1冊を通して読み終えたときに、春樹の短編に対して感じる読後感は、かなり違ってくるはずです。ある単語が他の単語と結びつき一文を構成し、ある一文が他の一文と結びつき段落を構成し、ある段落が他の段落と結びつき文章を構成するように、ある曲が他の曲と結びつき、選曲(mix)というメタな単位を構成するわけです。シングルとして発売されている曲でも、アルバムの中で通して聴くと、ずいぶん違った印象になりますよね?だから沖野さんはこう言い切るわけです。「人に選曲を聴かせることは、自分らしさを伝えること」であり、「個性的な選曲は創造力に満ちあふれ、時に凡庸な楽曲を凌駕し、大きな感動を与える」と。
■内容の紹介
同著のコアな要素を列挙すると以下の通りになる。
*自分の選曲で「何を表現したいか?」(=テーマ)を見極めよ。
*テーマなき選曲に存在価値はなし。
*だれに聴かせるのかによって、選曲のテーマは変わってくる。
*選曲が言語となりうるためには、テーマが音で表現されていなければならない。
*伝えたいことがないなら選曲する必要はない。テーマを徹底的に意識せよ。
*「次の曲は何か?」「そのまた次の曲は何か?」と聴衆の関心を持続させ続けることが必要。
*起承転結を意識せよ。
*曲同士の「似ている」点を具体的に意識し、前後の関連性を重視せよ。
*他方、前の曲からどの要素を次に引き継がせるかと同時に、どれだけ離れられるかを考え、意外性を取り入れよ。
この関連性と意外性という2つの概念が、彼の理論のキーワードとなっているわけです。
「似ていないこと」と「意外である」ということは違います。似ていないということは、単に何の関係もない曲を羅列するということです。そして、意外であるということは、何らかの関連性があると認められるにもかかわらず、人々の予想の範囲を超える、あるいは気持ちよく期待を裏切るということなのです。(p.62)
この「関連性」と「意外性」という2つの概念を、沖野さんは、「音楽ジャンル」(たとえばジャズ、ハウス、ロック等)、「音楽的要素」(たとえばパーカッション、ドラム、サックス、ボーカル等)、「周辺情報」(たとえばレーベル、国、年代等)という3つの下位概念から分析していく。前の曲からいくつ要素が増え、いくつ減ったのか、数値的な分析も行っている。
■結
学問的な「質的調査法」の観点を持ち込めば、理論はまだまだ荒いと思うし、主観が入りすぎだろ!と感じる部分はあるけれども、もちろん、そのことは本書の価値をまったく毀損しない。
選曲について、何からはじめていいかわからない場合、本書が、自分の行動を意識的に捉え返す大きなヒントになるし、スランプを感じたときなんかにも助けになると思う。この本を役立たないと感じる人は、すぐに役立つ選曲マニュアルを求めていたんだろうけど、これはマニュアルじゃなくて、選曲の根底に潜む法則を沖野さんなりに分析したものであって、マニュアルは自分のプレイを積み重ねることによって紡いでいくべし。もっとも、「なんとなく感じていることを、きちっと法則化することによって検証してみせる」という、本書を貫く(学問に似た)作法が、学問の本を読んだ時に感じる退屈さに似た憂鬱感を、引き起こす部分はあるけれども。
とにかく、DJをやっている人だけじゃなく、iTunesでプレイリストを作ろうとしている人なんかにもオススメできる良書だ。ただし!本書の一番美味しい部分は、間違いなく、各mixについて具体的分析が行われている後半部分なので、この本を買う場合、CDや音源を手に入れて、じっくりと取り組んでほしいなと思う(もちろん前半部分だけでも、プレイリスト作りには役立つけれども)。で、そこで扱われているmixは、ハウス・テクノ・ジャズ周辺のものなので、この手の音楽ジャンルが好きじゃない人には、本書が辛いかもしれない。逆にいえば、ぜひとも、この本をきっかけに、そこら辺の音を聴いてみて欲しいなと思います。個人的に大好きなので。(YoutubeをKyoto Jazz Massiveで検索)
最後に、本書で具体的分析が行われているmixで、Amazonで入手できるものへのリンクを(一部は、ぼったくりプレミアムが付いていて、高価だけれども)
West End (2003/11/11)
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DANNYの甘美なプレイが凝縮
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素晴らしい!!
いいです。
ひっくりかえりました。
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