11月 20

Black and White
Nikon FM3A / Agfa Vista400 / Taketomi Island / Okinawa.

 パソコン(iTunes)でデータとして管理された音楽を聴くご時世です。いまさら言うまでもなく、これは今後一貫したトレンドであると感じます。1.CDを収納するスペースが要らない(HDDというわずかな物質的スペースを確保するだけで良い)、2.キーワードを打ち込むだけで聴きたい曲に瞬時にアクセスできる、3.自分の再生履歴をいとも簡単に記録できるし、プレイリストを作ることによって、容易く選曲することができるのだから。mixi musicの利用者も徐々に増えている(=パソコンで音楽を聴く層が拡大している)ようです。iPodがMDに取って代わったように、パソコンベースのオーディオシステムが、従来のCDを中心としたオーディオコンポを駆逐する日は近いでしょう。今後、パソコンで音楽を聴く層が主流となり、音楽にそれほど興味がない層は携帯電話で流行の音楽を聴き、他方、オーディオマニアが(金のかかる)趣味として高音質路線に走り、レコード(Vinyl)・SACD・ブルーレイディスク等を愛でていくのだと思います。

 そこで俄然注目したいのが、自分も愛用し、何度か言及しているけれども、Last FMという無料のWebservice。これはmixi musicに似たもので(もちろんLast FMが先駆者ですけど)、自分がパソコンもしくはiPodで聴いた音楽を、自動的にデータベース化してくれるサービスです。先日、エキサイト社が、日本での運営から手を引くというリリースを発表したけれども、早すぎたのかな、勿体ないなぁ、と感じます。

 Last FMが本当に凄いのは、自分と音楽趣味が似ている他のLast FM利用者を、各ユーザーの再生履歴から自動的に割り出して、レコメンドしてくれる点。その人のページを辿り、リスニング上位のアーティストをチェックすることによって、自分が気に入りそうな、でもこれまで気づいていなかったアーティストを、簡単に把握することができる。これは本当にありがたい。Amazonには「この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています」という機能がついている。これはモノ(商品)・ベースのデータマイニングだけれども、Last FMはヒト・ベースでレコメンドしてくれるので、SNS的な性格を併せ持つわけです。

 これまで、音楽の趣味は、親・知人・友人・恋人の趣味や、雑誌の記事や、ラジオ番組(の好きなDJ)に左右されるところが大きかった。ところが、この手のデータベース系Webserviceが誕生したことによって、自分が知っておくべき、気に入る可能性が高いアーティストに、高確率で辿り着けるようになった。これは、社会が、村社会から都市化したことによって実現されたことに、似ていると思う。

 都市における人間関係は、村社会における人間関係よりも、脆弱で、薄っぺらだ。でもその分、自由で、自分の目的に沿った幅広いネットワークを形成することが出来る。以前、こう書きました。

 引っ越しても隣人に挨拶すらしない街、東京。(中略)もちろん、それも都市の持つ一側面だ。だけれども、それだけに目をとらわれちゃ片手落ちってもんだ。 1.お互いに知らないまま、2.しかし互いに極めて近接しているのが都市の特徴だ。

 そこでは田舎のような「誰もが顔見知り」といった状況は見られない。(中略)しかし、都市は逆に、「目的」に対して集まった人たちが、「目的」の周辺で関係を持つことを許してくれる。アパートの隣室で毎晩下手くそなギターをかき鳴らす小僧とは口すらきくことはない。が、自分の趣味として北欧のマニアックなバンドのライヴを聴きに行き、そこでたまたま出会った北海道出身の誰かさんとは、仲の良い友人になり得るのだ。(中略)都市では、「近くに住んでいる」という蓋然的な理由ではなく、自分の明確な意志で、自分の好きな「目的」の周辺で、れっきとした人間関係を形成することができる。(参照

 Last FM的な社会はもう一歩踏み込んでいます。都市社会では、自分の趣味(目的)に応じたネットワークにアクセスすることが、比較的簡単になった。でも、都市社会では、自分の趣味(「自分は何が好きなのか?」)を意識的に自覚し、能動的にアクション(行動)を起こす必要があった。さきほどの例で言えば、「北欧のマニアックなバンドのライヴ」に行かなければ、なかなか音楽友達は出来なかったし、その路線の音楽の趣味も拡がらなかった。

 ところが、Last FM的な世界では、自分の趣味(「自分は何が好きなのか?」)を自覚することすら必要とされない。ありのままに、心地良いと感じた音楽を流し、再生履歴をサーバーに蓄積していくだけで、似た「趣味らしきもの」を持つ誰かをレコメンドしてくれる。肩に力を入れて、「自分の趣味は何か?」を考え、それに応じた行動を取らなくても、「ありのままの自分」を垂れ流すことによって、好みの傾向が自動的に分析され、見知らぬ他者のネットワークに接続される。意識的な分析を放棄し、行動履歴をただ外在化し蓄積するだけで、出会いの契機が外から舞い降りてくる。

 <村社会→都市社会→Last FM的社会>と進行するにつれて、流動性が増してきた。出会いや、発見が、たやすくなってきた。その代償として、自分と似たtasteを持つ他者との出会いの価値それ自体は、低下してきています。もはや、自分と趣味が驚くほど似通った他者に出会ったからといって、心底感動することはないでしょう。流動性が増すにつれて、人間関係は必然的に希薄化します。難しいから価値を感じる、努力したから価値を感じる、この人間の本質は不変(普遍)であるように思われます。

 さて。行き着く先はどこなのか?Googleは、各ユーザーの検索履歴をサーバーに蓄積しているし、おそらくデータマイニングを行って、「匿名の」マーケティングデータとして企業に販売しているのでしょう。この「匿名の」という条件が外れて、Last FMのようなSNSが実現したらどうなるのか?各人が検索履歴を垂れ流すだけで、音楽の好みも、映画の趣味も、仕事も、政治的価値観も、驚くほど似通った他者に出会える世界がやってきたならば、人々はどのような反応を示すのだろう。これは、すでに現時点で技術的には実現可能なのが、恐ろしいところです。

 最後に言えるのは、そもそも「なぜある人がある曲を聴こうと思うのか?」は、まだ最大の謎のまま残されているということです。再生履歴を垂れ流すだけで似たtasteを持つ他者に出会えるとしても、なぜ、ある人はある曲を聴こうと思い始めるのか?なぜ、ある人はある曲を心地良いと感じ、別の人はそう感じないのか?知人の影響?育ってきた環境のちがい?それとも、遺伝的な差異?…もちろん、いろんな要素が複合しているのでしょう。けれども、その複合した糸の絡みつきが厳密にほどかれない限り、自分はまだユニークな自分でいられること、そして、Googleのサーバーが絶対に紹介することができない、自分とこれっぽっちも似ていない、でもどこか心が通じ合う、へんちくりんな誰かとの出逢いこそ、自分を拡げてくれるかけがえのない財産でありうることに、不思議な安堵感を抱いてしまうのです。


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