11月 19

R0016201

Ricoh GX100 / Shinjyuku / Tokyo.

 誰しも写真を撮る時代。あげくに、つまらない写真を、mixiかBlogかFlickrか知らないけど、ネット上にいちいち露出なんかしたりして(俺かw)。今回は、デジカメで撮った写真のレタッチ(retouch)の話です。いちいちめんどくせー、jpegで撮ったありのままが素直でいい感じなんなんだぜ?なんて、面倒臭さから逃げていたんですが、肩の荷をすっと降ろしてくださったのが、写真家の横木安良夫さん。

 モノクロCReCoカラーCReCoを読んで、ものすごく気が楽になりました。銀塩写真に真剣に取り組んでいない自分が、遅まきながら、レタッチの意義を理解したし、この作業ならば、分厚いPhotoshopの本を読まなくても、自分のペースで取り組むことが出来る(その分奥が深いけれども)。

 特に刺さったのが、次の部分。

 写真は、現実を撮ったもので、現実ではない。ここに存在するのは、写真化されたひとつの事実、プリントすればこの世の中に存在する、「物」でもある。現実を巧妙に写しているようで、実は新たに作られた、ペラペラの一片の現実なのだ。それは、スライスされた極薄の世界だ。決して現実なんかじゃない。だからこそ、この新たな世界に息吹を吹き込む必要がある。(中略)

 人間の目は、オート露出のようなもので、注視しているとろに露出があう。ちょうどビデオカメラの露出がその場所の明るさに合わせて変化しているのと同じだ。写真は目やビデオのように移動することなく、一枚のなかに、空、ビル、人、道路、商店の陰、白い服、黒い服、とばらばらの光の反射をフィルム(撮像素子)に記録する。この写真の場合は、増感現像しているので、その情報量は極端に少ない。そのくせばらばらだ。ただ情報量が少ないことは決して悪いことではない。写真という装置そのものが、情報を減らす機械だからだ。世界という無限の情報から、時間を消滅させる。そして、音も、匂いも、手触りも、味覚も、そのうえフレーミングして、世界という空間の99.999999…を捨て去っているの作業だ。(中略)

 人間の目とカメラは違う。構造的にもそうだがそれより、人間は脳をとおして物を見ている。写真は、全体を平等に機械的に描写する。(中略)あまりに目立つ要素が多いと、この写真を見る人は、どこを見てよいかわからなくなり、いらいらする。そこでCReCo(プリント)するときに、どこから気持ちよく見て行くか、見る側にどのように見せるかを誘導することがきる。それは写真の濃淡で誘導するのだ。

 つまり、1.写真(カメラ)という装置は現実から情報を減らす機械である。2.脳は視覚から送られた情報に強弱を付けて、自分にとって大事な対象ははっきりと、大事でない対象はぼんやりと脳裏に浮かぶようにしているが、デジカメは写真のフレームに収められた情報を均等の重みで描写してしまう。3.だから、デジカメが現実から減らしてくれた、だがしかし(過剰な)均等の重みを持った情報に、撮影者が、撮影意図を反映させるべく、再度重み付け(=レタッチ)を行ない、特に濃淡を調整し、鑑賞者の視線を誘導しなければならない。4.そのレタッチ作業のプロセスは、photoshop elementsでも実現できる、レベル調整と覆い焼き・焼き込みを用いた、比較的簡単なものである。ということです。

Umbrella#8

Sample1 Ricoh GX100の画像エンジンが吐き出したjpeg絵そのまま
 

Sample2 画像を純粋にモノクロ化
 

Sample3 CReCo的にレタッチ
 
 個人的には、横木さんの手順を、「photoshop 入門」でググって出てきた記事をいくつか読んだ後に実行すれば、レタッチのズブの初心者でも、かなり戦えると思いました。
 


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