10月 11

R0016558
Ricoh GX100 / Takeshiba / Tokyo.

 前回の「目的なき関係を束ねて生きる」というエントリーで、「変わらないでいるためには、変わり続けなければいけない」と書いた。言葉の矛盾が大きな印象を刻み、イマジネーションを豊かに喚起する、魅惑的なフレーズだ。そもそも、「Aが変わらないでいるために、Aは変わり続けなければならない」という命題は、論理学的に、それ自体では成り立たない。「速度100kmが変化しないためには、速度100kmが変わり続けなければならない」ではまったく意味不明だ。けれども、「僕が変わらないでいるために、僕は変わり続けなければいけない」と書くと、この論理構成に酔いしれてしまう人が出てくるのだから、なにか仕掛けがあるはずだ。そのトリックはなにか、ちょっと考えてみた。まず、「変わる」という単語は、運動状態を指しているので、ある一定の時間幅が前提とされている。このことは最低限確認しておきたい。

 トリックその1。主語のすりかえ。「変わらないでいる」主語と、「変わり続ける」主語が、厳密に同一の主語ではなく、両者が実はずれていて、矛盾が解消されてしまうというトリック。たとえば、「我が社が変わらないでいるために、我が社は変わり続けなければならない」と社長が偉そうに演説するとき、聞き手は、「我が社」という主語が指す内容を、前者と後者ですりかえてしまう。「我が社(の経常利益)が変わらないでいるために、我が社(のビジネスモデル)は変わり続けなければならない」といった具合に。これが、「我が社(の経常利益)が変わらないでいるために、我が社(の経常利益)が変わり続けなければならない」ではまったく意味をなさないので、聞き手は絶対にそんな解釈を行わない。聞き手が暗黙裏に別の主語を挿入してしまうのだ。多くの場合、「我が社」「僕」という抽象的な単語の集合に含まれる、下位レベルの別の2項を用いながら。

 トリックその2。主体&環境の変化の想定。トリックその1の「主語のすりかえ」だけでは、魔法が完成しない。もうひとつのトリック、主体&環境の変化の想定、が必要になってくる。たとえば、「我が社(の経常利益)が変わらないでいるために、我が社(のビジネスモデル)は変わり続けなければならない」と聞くと、多くの人は、「そうだなぁ。10年後には会社のメンバーも変わっているだろうし、市場のニーズも変わっているだろうし、その中で今まで通りの経常利益をキープするには、新しいビジネスモデルに挑戦しなきゃな」と感じるだろう。この場合、「Aが変わらないでいるために、Aは変わり続けなければならない」という命題それ自体には含まれていない、<10年後には何もしなくても主体が変わってしまっていること><10年後には何もしなくても環境が変わってしまっていること>という経験則から導かれる2つの前提が、暗黙裏に挿入されてしまうのだ。もし10年後に会社のメンバーが変わらず、市場のニーズもまったく変化しないとしたら、「我が社(の経常利益)が変わらないでいるために、我が社(のビジネスモデル)は変わり続けなければならない」という社長の言葉は説得力を失ってしまう。

 これで、「変わらないでいるためには、変わり続けなければいけない」というフレーズが、なぜ豊かな感情を喚起させるのかがわかった。それは、同フレーズが、第1に、抽象的な主語の具体的な構成要素を聞き手にあれこれ吟味・想起させ(トリック1)、第2に、自分と環境が何もしなくても将来変わってしまうことを思い出させてくれる(トリック2)からなのだ。僕ってなに?僕の将来はどうなるの?といった具合に。

 「Aが変わらないでいるために、Aは変わり続けなければいけない」というフレーズは、それ自体では論理的に破綻したレトリックなのだけれども、破綻しているからこそ、読み手の(破綻を埋めようとする)能動的な関わりを呼び起こし、印象を強く刻んでくれるのだ。Aという主語が抽象的であればあるほど、おそらく効き目は高いのだろう。この手のレトリックを、うさんくさいと感じる人は多いと思う。所詮レトリックなんだから、そんなんいい歳して振り回すなや、と。でも、こういうの、自分は結構好きなんだよなぁ。認識を耕してくれる言葉は、ただそれだけでこの世に存在する価値があると思うから。


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