10月 08

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Ricoh GX100 / Tokyo Opera City (Hatsudai) / Tokyo.

 新宿から一駅、初台の東京オペラシティ内にある、ICCに行ってきた。そもそもICCは日本のメディアアートを引っ張ってきた、いわばメディアアートの聖地。<97年春のセンター開館後は、カールスルーエのZKM(ドイツ)、リンツのアルスエレクトロニカ・センター(オーストリア)と並ぶメディア・アート・センターとして認知され、国内そしてアジア地域におけるメディア・アートの中核として機能してきました。>(参照

 一番素朴な感想から言えば、ワンコイン(500円)でこれだけ楽しめるならたいしたもんだ、ということ。能動的にあれこれ操作して全身で関わることを要求するアート作品が多いため、デートスポットにも最適なんじゃないかと思う。ファインアートがしばしば要求する、神と一対一で対峙するような孤独な鑑賞行為ではなく、誰かと一緒にわいわいと楽しむような鑑賞行為に向いている作品が多い、というか。客層も、科学技術マニア系、アート大好き系、(目黒寄生虫博物館にたくさん沸いているような)とりあえず面白いデートをしてみよう系、おしゃれっ子系と幅広い。

 そもそも、メディアアートって何だろう。Wikipediaの同項をググるとこんな説明が出てくる。

 ニューメディアアート、メディアアート(New media art, media art)は、20世紀中盤より広く知られるようになった、芸術表現に新しい技術的発明を利用する、もしくは新たな技術的発明によって生み出される芸術の総称的な用語である。特に、ビデオやコンピュータ技術をはじめとする新技術に触発され生まれた美術であり、またこういった新技術の使用を積極的に志向する美術である。

 この用語は、その生み出す作品(伝統的な絵画や彫刻など、古い媒体(メディア)を用いたアートと異なる新しい媒体(ニューメディア)を使う作品群)によってそれ自身を定義している。 ニューメディアアートは、電気通信技術、マスメディア、作品自体が含むデジタル形式の情報運搬方法といったものから生まれ、その制作はコンセプチュアル・アートからインターネットアート、パフォーマンスアート、インスタレーションといった範囲に及ぶ。

 一般的な定義を簡単に言えば、メディアアートとは、紙やアクリル板など、従来の表現媒体(メディア)を、コンピューター中心の新技術に変えてしまったアートのことであり、インタラクティブなものが多い。でも、自分はこう理解している。メディアアートとはインターフェースの芸術であると。

 人間は、五感をフルに動員しながら、(自分以外の人間を含む)環境に関わって生きている。見たり、聞いたり、味わったり、触ったり、嗅いだりすることによって、環境を理解し、またそれを操作しながら、暮らしている。多くの場合、人間の五感と環境の間に、科学技術が介在する。たとえばメガネは視覚と環境の間に介在して、人間の環境に対する関わり方を、方向付ける。メガネは、視覚と環境の関係のあり方を方向付ける、インターフェースだ。つまり、科学技術は、人間の五感と環境の関係を方向付ける、インターフェースに他ならない。<人間の五感←→(科学技術)←→環境>。

 人間と環境の間に、コンピューターを中心とした、現代の科学技術を介在させると、それまでには存在しなかった人間と環境の関わり方を体感させることができる。自然の諸法則が強制する人間と環境の関わり方、あるいは古代より積み上げられてきた既成の科学技術(文化)が制度化してしまった人間と環境の関わり方の自明性を、ぐらつかせ、動揺させ、人間の五感と環境の結びつきって一体何なんだろうと考えさせてくれる、これがメディアアートの醍醐味だ。

 <人間の五感←→(科学技術)←→環境>の、(科学技術)をいじることによって、人間の五感と環境の結びつきを動揺させてくれるのがメディアアートなのだが、ICCにはどのような作品があり、いかなる動揺が用意されているのかについては、ICCのHPから作品解説をたどることによって、確認することが出来る(ぜひ)。たとえば、ウェブサーフィンの「サーフィン」を、マウスのクリックではなく、文字通り体全体を使った波乗り(サーフィン)にしてしまう“DriftNet”という作品。たとえば、「鏡の中の世界は、その前にある我々の世界そのものである」という常識をくつがえし、鏡の中に映る自分自身の鏡像とホッケーゲームを通じて対戦できる“through the looking glass”という作品。たとえば、距離をへだてて、あたかも同一の物体を共有操作しているような感覚を、フォース・フィードバック技術を用いて実現してくれる、つまり触覚を通して離れた人とのコミュニケーションを可能にしてくれる“in Touch”という作品。たとえば、影が持つイマジネーションの世界を豊かに想起させてくれる“KAGE”という作品。

 このようにICCはいろんなインターフェースの驚きに満ちているけれども、なにも難しい科学技術を使わなくたってメディアアートは実現できると教えてくれるのが、“無響室(Anechoic room)”だ。無響室は、部屋全体が音の反響を吸収してしまう素材で囲まれている。HPから解説を引けば、

 わたしたちは通常,周囲の空間の広さなどを音の反射によって把握しています.しかし,この音の反響や反射がなく,外部の音からも遮断された特殊な空間では,自分の位置を空間の中に定めることができない状態になるため,音響的には空間の中に宙吊りになっているのと同じことになります.無響室に入ると圧迫感や不安感などが体験されるのはそのためです.

 アメリカの音楽家ジョン・ケージ(1912-1992)は,かつて無響室に入り完全な沈黙を体験しようとしましたが,音から遮断されたはずの耳に聴こえてきたのは,「血液の流れる音」と「神経系統の音」という二種類の身体内からのノイズでした.それにより,ケージは「沈黙は存在しない」という認識に至り,そこから20世紀の音楽史を塗り替える作品が生み出されたのです.


 
 実は、無響室的な体験を、自分はこれまで何度か体験したことがあった。1つ目は、心理学の実験室に籠もっていたときのこと。聴覚を研究するどの大学にも、無響室はかならずあると思う。2つ目は、部屋探しをしていて、音大生向けの防音賃貸物件を見にいったときのこと。「隣に住んでいるのは美人なハープ奏者さんですよ、ぐへへへへ」と語る不動産のおっさんを横目に、「深夜でも音楽を大音量でかけられるのは良いけど、なにこの圧迫感。絶対に鬱病になるな」と、そのとき感じたものだ。3つ目は、昔エントリを書いたことがあるように、富士山に登山したときのこと。そのときこう述べた。

 頂上付近になると、草一つ生えていない、虫もいない。自分の周りには誰もおらず、風も吹いていなかった。ふと立ち止まった。そして、震えた――眼下に広がる景色は圧倒的なのに、音ひとつ聞こえなかったからだ。自分の存在が真空パックされたような気がして、目眩がした。存在の耐えられない軽さ。音が無いことに震えたのではない。そこに<あるべき音が無い>ことに打たれたのだ。視覚と聴覚のギャップにひどく狼狽したのだ。

 ICCの無響室では、富士山のように、視覚と聴覚のギャップを感じることができない。その意味では物足りなくはあった。それよりも注目したいのは、過小な音は圧迫感を引きおこすという事実だ。過剰な音は騒音として不快極まりないのだけれども、過小な音も実に居心地が悪い。空間は適度に満たされている必要がある。下の図は、わたしたちがいかに光に包囲されているかを記述し、「アフォーダンス」という言葉を一躍有名にした、J.J.Gibsonの名著『生態学的視覚論』から引用したものだが、この図は光だけに当てはまるのではない。わたしたちは、適度な、光・音・匂い・振動に包囲されていなければ、バランスを崩してしまうのだ。メディアアートは、科学技術によって、その「適度さ」を動揺させる。わたしたちと、光・音・匂い・振動をつなぐ、インターフェースを操作し、攪乱してくれる。無響室は、<壁>という反射する媒体(インターフェース)を操作することによって、日常の<人間の五感←→(科学技術)←→環境>のセットが危うく保っているバランスを、崩してみせる。

 最後に。メディアアートはインターフェースの芸術であり、最先端の科学技術に助けられながら、人間の五感と環境の結びつきを動揺させるものだと自分は思っている。であるならば、吐き気を催すほど、五感をもっと徹底的に苛め抜いてほしいと、強く思う。ICCに嗅覚や味覚を扱った作品はなかった。でも、ここもなんとか攻めてほしい。五感をズタボロにしてくれる、スパルタ先生的な作品がたくさん登場してくれることを、願ってやまないのだ。

#同じく東京オペラシティのアートギャラリーで開かれていた『メルティング・ポイント』展にも行ってきたが、展示量(ボリューム)が少なすぎて、正直イマイチだった。ただし、同展のチケットで見ることが出来る、収蔵品展『いのちの宿るところ』は抜群に良かった。かなり惹き込まれた。これだけのために足を運んでみても、決して損はしないと思う。ICCとセットで、オペラシティへぜひどうぞ。

hip
Ricoh GX100 / Tokyo Opera City (Hatsudai) / Tokyo.


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