9月 15

DSC_1730
Nikon D40 / Ishikawa Prefecture

 一仕事終え、何気なくはてなブックマークをチェックしていると、『プラダを着た悪魔』のレヴューを通じて、「慣性のある生活」というサイトにたどり着いた。率直にいって良いレヴューだなと思った。打たれたのは「どんな女の子が好きか」という記事だけれども、それを含め他の記事も読ませていただいていると、自分が忘れかけていた感覚を垣間見たような気がして、背後から呼び止める声の幻聴に心が締め上げられ、悔しかった。

 学問の世界にいると、自分の有能さを誇示するために言葉を振り回す人間の多さに愕然とする。学問をやっている人間がそうでない人よりも知的だなんて事は金輪際これっぽっちも一欠片もないんじゃないかと思いかけている。もちろん自分の耳鳴りなのかもしれない。錯覚かもしれない。だけれども、論理も、概念も、あまりにしばしば誰かを打ち負かすために使われているような気がして、だったらごてごてに化粧した人文学的な大名行列からはしばらく身を引いて、データや実証でシンプルに他者に関わることができる、経済学的センスや思考を慈しんでいこうと思っていた。自分の人文学的な感性が鈍化しているとすれば、そして実際にしていると思うけれども、それが理由だった。

 言葉や論理は他人とつながるためにある。これは事実でも倫理でもなく、そうあって欲しいという自分の願いだし、そうでないような言葉とは関わりたくないという自分のわがままでもある。ふたりの語りが結節して、止揚を感じたら、ほんとうに嬉しいし、その止揚のためだけには泣いても歩を進めることができる。誰かの声に耳を傾けるとき、その人から、そう語らざるを得ない何かみたいなものが、少しでいいから溢れだして欲しいし、それがない有能さの誇示としての言葉は、空回りした選挙演説の無限に繰り返されるリピート・テープのようなものに思われて、うんざりしてしまう。

 思想家の名前なんて出すなよ。誰かの概念を使うなら、それを咀嚼して組み替えてしゃべってくれよ。おまえがどう思ってるか聴きたいんだよ!切実に、切実に、聴きたいんだよ。東浩紀とか斉藤環とか北田暁大とかいろんな名前を振りかざして、こっちの抜き差しならない問いかけのボールに、「それはあの人のこういう問題意識に似ていますね」とかスカしたファールばっかり打つやつ!フェアグラウンドに打ってくれよ、お願いだから。そしたらどこまででも追いかけるから。おまえの言葉が、おまえの考えが、聴きたいんだよ。 ‥もちろん、自分の話を聞いてくれるだけで、幸せなのは、一片の真実だけれども。 あー、10時起きだった。おやすみなさい。


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2 Responses to “早朝に想う”

  1. idiotape Says:

    こんにちは、はじめまして。文章を読んでくださって、ありがとうございます。そして僕の文章に対して言って頂いたことを、そのまま僕はあなたの文章に感じるような心持がします。思想家の名前が、まるで性能表の様に並んでいるような文章にへこまされるたびに、ああもういいやと、適当なところで投げ出したくなるのですが、そういう時、たまたま通りかかった場所で、見知らぬ誰かがはっとするような言葉を書いている。その時僕も、自分の中で投げ出しつつあったもう聞こえぬ声、それこそ幻聴に、心が痛くなります。今回のあなたの気持ちは、いつかの僕の気持ちになるように思います。その時には、僕はいただいたコメントを思い出すのでしょう。
    いきなりで長いコメントすみません。楽しみにこれから読ませていただきます。

  2. Gen Says:

    idiotapeさん、はじめまして。わざわざコメントしていただいてありがとうございます。

     知的であることと権威的であることは違うことだし、自由であることと無責任であることは違うことだし、批判的であることと論争的であることも、また違う。組み合わせの数は2の三乗で8通り。僕は出来れば、知的で自由に批判的でありたいと思うのだ。その上で、慎ましく共感的であればなおさらよい。(参照

    idiotapeさんの、この濃縮された言葉にわたしの言葉が接続されて、たしかに止揚を感じました。嬉しかったです。こちらこそ、楽しみにブログを読ませていただきます。よろしくお願いしますね。

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