1月 31


(c)Magnum Photos

 表参道のRATHOLE GALLERY(ラットホールギャラリー)でやっているアンドワン・ダガタのSituationsという写真展に行ってきた。まず、ラットホールは無料です。この時点ですでに幸せ。そして写真も、いや、良かったぁ。身体感覚むんむん。

 アントワン・ダガタは1961年、フランス・マルセイユに生まれ、ニューヨークのICP(国際写真センター)でナン・ゴールディンやラリー・クラークなどに写真を学んだ後、写真家としてのキャリアをスタートさせた。2004年よりかのマグナムフォトに参加し、現在は準会員として定住地を持たず世界中を移動しながら活動しているそうな。だから今、46歳なのか。ダガタはこう言う、“写真は嘘以外のなにものでもない。時間は操作され、空間は切り取られ、そして偽善と虚構の間で選択を強いられた偽りの伝達手段となる”、と。

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1月 30

R0018738
Ricoh GX100 / Ikebukuro / Tokyo.

 『目からウロコの幸福学』のつづき。この先何回かに分けて、トピックを絞って書こうかな、と。この本は、幸福の科学についての本だ。幸福を心理学の枠内で科学するには、どうすれば良いか?まず、ダニエル・ネトルは、「幸福」という日常的な概念を科学の操作対象として扱うために、3つに分化させる。

★レベル1の幸福:喜びや楽しさ。一過性で、なにか好ましい状態が(しかも予期せずに)得られたときにその気持ちが起きる。たとえば、大好きな人に告白してOKをもらったその時の気持ち。

★レベル2の幸福:「自分は幸せな生活を送っている」という言う場合の幸福。快楽と苦痛のバランスシートを吟味してみたとき、長い目で見て、自分はより好ましい状態にあると感じるときの、生活の満足感。ベンサム・ミルの「最大多数の最大幸福」レベル。たとえば、「あなたの人生は幸せですか?」という問いに対する答え。

★レベル3の幸福:「いかに生きるべきか」というイデオロギー的な幸福のレベル。「これが人間の正しい生き方=本当の幸せなのだ」というレベル。たとえば、実存主義的に生きろとか、神を信仰せよとか。アリストテレスが善良な生活を指して名づけた「エウダイモニア」。個人がその潜在能力を存分に開花させることのできる生活を指す。

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1月 30

 疑似科学と最前線で戦っていらっしゃる思索の海さんの疑似科学批判-批判-批判記事も併せてどうぞ。自分は一面的な書き方をした以上、当然、リンクを張っておく義務があると思いますので。

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1月 28

bicycle
Ricoh GX100 / Shibuya / Tokyo.

※様々なところからリンクを張られて騒ぎが大きくなっているみたいなので注記しておきますが、【科学であると誤解されていることが被害を発生させている状況】について、疑似科学を肯定する気は全くありません。本記事は、「水からの伝言」を肯定するものではありません。「血液型性格論を信じている奴って馬鹿だよね」的な(素朴な)暴力について懸念を表明した文章であり、疑似科学批判全般を批判する意図は一切ありません。

 科学系Blogの中でとても秀逸だなぁと感じる幻影随想さんが、「科学というモノサシ」なる記事を書かれていた。要は、疑似科学批判は、科学のモノサシ(実証=観察と実験から導かれたデータ)に則って「科学」の領域で行われているけれど、疑似科学批判を批判する人たちは、「自分のモノサシ」を手に「疑似科学批判批判」を行っている。だから噛み合わないよね。そして、トンデモ科学批判を批判する人たちは、実は「絶望した!科学のモノサシに絶望した!」と叫んでいるだけなのだというお話。

 以前書いたとおり、疑似科学は、自然科学によって提供される因果的説明を別の因果的物語に帰することによって拒否するものだ。すなわち、疑似科学とは、科学的な説明形態を、反科学的(非実証的)で神秘的な、しかしなお因果的な説明と置き換えることだ。たとえば、ガンにかかったのはガン細胞が原因なのではなく、わたしたちの罪深さが原因なのだといったように。

 では、なぜ人々は疑似科学に惹きつけられるのか?1.人々は「生きる意味」や「いかに生きるべきか」(What it should be?)を知りたいとつねづね思っていて、「生きる意味」を教えてくれる知識に影響を受けやすい。2.科学は「生きる意味」を教えてくれない。「科学のモノサシ」(実証)にきちんと従っている科学は、絶対に、事実(What it is?)しか語らない。3.疑似科学は、科学っぽい因果の語り口を利用して、「生きる意味」を語ってみせる(たとえば、進化論を否定する創造説は、いかに生きるべきかを説くキリスト教と表裏一体)。4.だから、「科学のモノサシ」に慣れ親しんでいない人たちは、疑似科学の方に魅力を感じやすい。5.科学者が「科学のモノサシ」に則って疑似科学を批判するとき、彼らが批判しているのはあくまで事実認識についてであって、「いかに生きるべきか」については何も言及していない。でも、疑似科学を批判されたとき、疑似科学を信じている人は、自分の生き方(「いかに生きるべきか」)そのものを批判されたように感じてしまう。科学者は「What it is?」を議論しているのに、疑似科学信仰者は「What it should be?」を議論していると勘違いしてしまう。6.だから、話が噛み合わない。これはまぁ、はてブにも書いた話です。

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1月 27

It's a small world.
RIcoh GR Digital / Onomichi / Hiroshima.

 MITメディアラボの教授、石井裕さんが書いた「テレビの未来」という記事を読んでふと感じたことを。この記事は、要は、テレビは「時間軸に沿ってシーケンシャルにしかアクセスできない、かつての磁気テープ装置と同じような、本質的な効率のボトルネックを内包している」ものであり、「情報の受動的消費」しか許してくれない。それに対し、インターネットを使った「情報のオン・デマンド収集」では、目的の情報に素早く辿り着ける「ランダムアクセス」が可能になる。だから、未来は「テレビがない家庭」があたりまえの光景になるだろう、と語っている。

 自分もテレビ観てないなぁ。F1と野球とサッカーの中継をのぞけば、かれこれ3年近くスイッチを押していない。今ふとテレビの電源を入れようとしたら、うんともすんともいわないでやんの。いつのまにやら壊れていた。もちろん、自分は根っからのネットジャンキーなので、問題はないし、なにも焦らない。だから、石井さんの問題意識には強く同意する。でも、その記事を読むと、なにかがひっかかる。

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1月 23

Propagation.
Ricoh GR Digital / Naoshima / Kagawa.

 『目からウロコの幸福学』。これは買いです。俗っぽいタイトルとは裏腹に、素晴らしい本。圧倒された。「なにか心理学系でおすすめの本ない?」と聞かれれば、まず間違いなくこの本を薦めるだろう。某進化系Blogで2007年1位と推薦されていたから買ってみたけど、本当に目からウロコがぼろぼろ零れた。実証心理学の醍醐味がぎっしりで、自信をもってオススメできる。そこら辺の新書とは格が違う。なぜそれほど売れていないのか理解できない。編集者と訳者が可哀想。1.学術的に妥当、2.そのくせ読みやすい(訳も的確)、3.内容の密度が濃い、4.説教臭いところが一切ない。この本を読んでつまらなければ、俺が弁償します!ほんとに。学生、社会人、研究者、誰が読んでも感じるところがあるはず。(言語学や心理学に携わっていない)一般の人にとっては、あのスティーブン・ピンカーの本より刺激的(記述の感じは似ている)。

 著者のダニエル・ネトルはイギリスのニューキャッスル大学の心理学助教授。日本語に翻訳されたものとしてはこの本のほかに『消えゆく言語たち』があるけれども、現在は感情、性格、精神障害、性差を研究しているという。この本は、「人間が幸福を感じる心理的メカニズムはどのようなものなのか?」を、進化心理学をベースとして科学的に探ったもの。つまり、この前の『愛するということ』みたいな「いかに生きるべきか?」という倫理的な問いをひとまず封印して、「いかなるときに人は幸せを感じるのか?」をひたすら科学的(統計的・実験的)に考察した本。やばいよこれ。これこそ本物の「幸福の科学」だわな。科学の醍醐味も、(結果的に)いかに生きるべきかという人生論のヒントも、ぎっしり詰まっている。

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